村人たちの生きる姿に魅せられて

 大学の水泳部を辞め、「自由」の身になってもパッとしない学生生活が続いた。私が通っていた上智大学は東京のど真ん中、四ツ谷にあった。入学前は、大都会の華々しい環境で、キャンパスライフを謳歌している自分の姿をイメージしていた。
 だが、実際に始まってみると、単位を取りに行くためだけに通っている自分に、幻滅した。次第に学校を休みがちになり、朝方までバーのバイトに明け暮れる日々に。2年生の前期の段階で留年がほぼ確定的となった。
 なんだかつまんないなあ。
 そんな時に友人から、声を掛けられた。
「フィリピンへボランティアにでも行ってみたらどうだ?」
 フィリピンと言われても、バーの先輩がハマっていたフィリピンパブのイメージしか浮かばず、正直、どこにあるのかも知らない。そもそもパスポートすら持っていなかった。それでも足を運んでみると、南国特有の開放感に心を奪われた。

 訪れた場所は、首都マニラから車で6時間ほど北上した、電気も水もない小さな村である。そこで学生たち30人ほどで、井戸掘りに汗を流した。それまでの私には「貧しい人々=かわいそうな人々」という勝手な思い込みがあったが、村人たちの「今を生きている」感満載のギラギラした瞳を見て、そうした自分の浅はかな価値観が、根底から崩された。
 かわいそうなのは自分の方かもしれない。

 海外など見向きもしなかった私はそれ以来、休みを利用してアジア各国を放浪した。いわゆる「バックパッカー」だ。沢木耕太郎の「深夜特急」がバイブルのように読み継がれ、タレントの有吉弘行が「猿岩石」というコンビを組み、香港からイギリスまでヒッチハイクをして話題になった時代背景にも、背中を押された。そして大学卒業後しばらくしてから、オーストラリアのシドニーへ1年半移住することにした。

走れない身体

 シドニーではウエディングのカメラマンとして働いた。日本からハネムーンでやってくる新郎新婦の写真、ビデオ撮影が仕事だ。一緒に働くスタッフは皆、オーストラリア人で、まさしく英語漬けの日々。仕事終わりにはよく、近くのパブへ通った。初めての海外生活で「自分探し」を続けていたせいか、運動らしきことはほとんどしていなかった。時たま、自宅で筋トレをやっていた程度である。

 一度だけ、外国人が集まるサッカーの練習試合に参加した。全速力でボールを追いかけると、途端にへたり込んでしまう。終了後は足がふらついて立てなくなるほどだった。

 いつの間にこんなに走れなくなっていたのだ。
 運動不足による体力の衰えを、身に沁みて感じた瞬間だった。

「サツ回り」に明け暮れたマニラ

 人間誰しも、生きていれば人生の転機を迎える。
 それが私にとっては、オーストラリアから帰国後に住み始めたフィリピンでの日々だった。今度は「日刊まにら新聞」という邦字紙で、記者として働くことになった。28歳の秋である。

 フィリピンに滞在する在留邦人(1万5000〜7000人)に向けて、日本語で新聞を発行している媒体だ。そこで私は主に、日本人が被害者となる殺人事件や、日本で犯罪に関与し、フィリピンへ高跳びした逃亡犯の取材を担当した。しかも日本の新聞社と同じく、「サツ回り」をするのがルーティーンだった。

 サツ回りとは、文字通り警察署を回って事件の有無を調べ、いざという時のために警察官と仲良くなり、コネクションを作っておく大事な仕事のひとつだ。在留邦人向けのメディアは他国にも多数存在するが、サツ回りをやらされるのは、私の知る限り、まにら新聞だけである。

「ルフィ」の収容所

 このほかルーティーンとして回っていたのは、マニラにあるフィリピン入国管理局収容所だ。SNSの「闇バイト」に絡む、あの指示役「ルフィ」として逮捕された今村磨人(きよと)被告(39)ら犯行グループの一味が、今年2月上旬まで収容されていた施設である。

 収容所は、各国からフィリピンへ逃れてきた逃亡犯が逮捕された後、本国へ強制送還されるまで一時的に滞在する場所だ。収容者の国籍は、中国、韓国、米国、日本など様々で、人数は100人程度から、多い時で数百人に上る。そこにいる日本人たちに面会するため、私は収容所へ通い、タバコなどの差し入れをしていた。
 
 通貨偽造、覚醒剤使用、拳銃密輸、脱税、車両窃盗、横領……。私が面会した日本人たちが、日本で起こした犯罪の数々である。通っているうちに何人かと仲良くなり、ある時、彼らが支給されている食事をもらった。
「俺たちがどんな不味い飯を食っているか、試してみなよ」
 そう言われるまま、ビニール袋に入ったご飯を手渡された。まにら新聞の事務所に戻った私は、そのまま食べるのもどうかと思い、カフェの店員に「これ焼き飯にしてくれない?」とお願いした。
 味は普通の焼き飯と変わらなかった。

 こうした邦人絡みの事件のほか、私は政治や経済に関する取材も並行して行い、夕方に出勤して原稿を書き、退社するのはいつも深夜。それからフィリピンパブなどへ飲みに行くことも多かったため、必然的に寝るのは朝方だった。

(後編につづく)

水谷竹秀『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)

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【身体と私】アフリカからウクライナの戦場まで(前編)

水谷竹秀

1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。新聞記者やカメラマンを経て、フリーに。2004〜2017年にフィリピンを拠点に活動し、現在は東京。2011年『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。新刊『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)が好評発売中。