世界大会での悔しさをバネに ドバイで世界最大の多国籍チアチームを作った 【競技チアリーディング・笠原園花インタビューvol. 3】

コロナ禍のロックダウン~チアを仕事にしていく覚悟

 選手としての自分から、本格的に“次”を目指すようになったきっかけになったのは新型コロナウイルスによるパンデミックです。

 当時のオーストラリアは、6カ月という世界最長のロックダウンを行いました。本格的にスタートする1カ月前に滞在中の外国人への救済措置がなくなることが発表され、帰国を推奨する連絡が届きました。

 それが2020年の3月のこと。毎年4月に行われる世界大会も開催が危ぶまれ、日本に帰国することを決意しました。チームメンバーにもほとんど会えず、コーチとも深く話し合う機会を持てないままオーストラリアを離れざるをえなかったのは、今でも本当に悔やまれます。

 3月末に帰国してからは、会計事務所でオフィスワークを始めました。職場のスタッフにも恵まれて楽しく毎日を過ごしていたのですが、SNSを見て私が帰国したことを知ったチアチームの方々から連絡が届くようになりました。

「うちのチームの練習を見てください!」「海外でのチア経験を講演してもらえませんか?」など、ジュニアチームや大学のサークル、社会人チームからお声をいただいて本当にうれしかったです。

 ドバイ、オーストラリアをチアと一緒に駆け抜けてきた感じがあって、日本ではちょっと落ち着いて……と思っていましたが、やっぱり無理でしたね。平日はしっかり仕事して、土日はお声がけいただいたところすべてに行きました。2020年の6月から1年間ずっと、週末は全国を飛び回っていました。

 そんな生活を続けて1年ほど経ったある月曜日の朝、異変が起こりました。目覚めたものの金縛りにあったかのように身体が動かず、何かにギューッとおさえつけられている感覚で、ベッドから起き上がれなくなってしまったんです。その日は会社を休ませてもらい、火曜日はなんとか行きましたが1日中ぐったりして仕事にならず、水曜日にまた起きられなくなって……どこかで自分のキャパを越えていたのかもしれません。

 そこまで自分を追い込んでいたということは、やっぱりチア一本でやるべきなのかもしれないと前向きに考え、コンスタントにご依頼をいただけるようになっていたこともあり、チア一本でやっていこうと決めました。

 ちなみに会計事務所の担当者にはすごく励まされました。週末にチア関連のことで全国を飛び回っていたのは伝えていたので、「笠原さんはこの会社じゃなくて、チアで行けるところまで行ってほしいな」と、笑顔で送り出してもらいました。円満退社だったのは新しい一歩を踏み出すのにありがたかったです。

笠原園花・提供

仕事として教えるのは、難しくて面白い

 こうしてフリーのチアリーダーに! まずは宣伝活動としてあらためて全国を回ることにしました。

「交通費だけ出してくれたら全国どこでも行きます!」とSNSで告知をして、夏休みにおよそ20チームをお邪魔しました。それこそ休みがなくなって最後の方はだいぶへばりましたが、フリーになった一歩目で広く私を知ってもらうために必要な宣伝活動であり、自分のやりたいことを現場で確かめるのに一番いい方法だろうと。

 チームの規模や歴史に関わらず、コロナ禍におけるチーム運営のあり方など参考になることがたくさんありました。あと、私が生徒さんを教えるだけではなく、“コーチのコーチ”として期待されている部分もありました。「教え方を教えてください!」ということですね。学生時代からチアをやっているコーチだけでなく、自身にチア経験がない方が手探りでジュニアを育てている地域サークルもあるので、コーチレベルもさまざまなんです。

 月1回か2カ月に1回ぐらいのペースで通っていましたが、その日にギュッと自分のメソッドを詰め込んでも、“いつもの練習”とのつながりがないと意味がありません。普段は田中コーチと鈴木コーチがいて、そこにたまーに私のエッセンスを加えて、というイメージですね。練習風景の動画をLINEで送ってもらい、一人ひとりの成長スピードを把握しながら練習メニューをアレンジしています。

 小学生や中高生に教えるときは、それぞれの成長具合によって教え方を変えています。小学生だとやっぱり筋力がありませんし、そもそも身体を動かす基礎がわからないので、本当にベーシックなところから教えます。

 ある程度の身体の動かし方がわかったら、具体的に演技のコツや技の難易度を上げていきますが、一人ひとり伝えたことへの理解度が違うので、感覚で教える部分と理論で伝える部分を区別しています。

 たとえば「てこの原理」といってすぐにわかるのは小6や中1ですし、「直角」といってピンとくるのは小3ぐらいからです。言葉のチョイスや表現は、子供たちの年齢・学年を気をつけています。

 ただ子供って、自分より下の子たちに伝えるのが本当に上手なんです。「並行ってわかる?」「ここを軸に……あ、中心って感じでさ」というように、ちょっとだけドヤ顔をしながらうまく手伝ってくれます。

 基本的な体力をつけるために走り込んだり、腕立てや腹筋などのワークアウトはあんまりやりません。それより「腕を伸ばしたときの見られ方」とか「直立のままでまっすぐ歩く」というように、意識しない行動の延長線上にある意識しなくちゃいけないポイントが大事なんです。

 チアを始めるきっかけで多いのは、学校の部活や地域のチームがメイン。特に最近はチームが増えてきていて、チア人口が増加傾向にあります。人気の習いごとランキングの上位にくるんじゃないかな。私がやり始めたときよりも、ジュニアチーム、キッズチームが圧倒的に増えているように感じます。

 小さいころから機械体操やクラシックバレエをやっていた子の方が、身体の動かし方という部分では飲み込みが早いです。ただそれぞれのポジションにマッチするポイントがありますので、背が低い子も力に自信がない子も、安心して一度練習に遊びにきてください。きっと楽しめるはずです。

 興味を持つきっかけは人それぞれ!「お姉ちゃんがやってたから」でも「SNSで見かけたから」でもいいんです。スポーツとしての裾野が広がるのは本当に素晴らしいことなので、「なんだか面白そう!」「あたしも……やってみようかな」と思ってもらえるように、ジュニアの育成に力を入れていきたいです。

 私自身、コーチとしてはまだまだです。やるのと教えるのとでは全然違います。面白いし、やりがいを感じていますが、同時に同じぐらいの難しさを痛感しています。振り返ると私自身が当時のコーチの年齢になっているので、あの頃どういった思いで私たちを育てていたかを参考にしています。

 そうした中で一番意識しているのは、言わずもがなですが「安全」です。「今、ペアを組んでる子が下に落ちて頭打っちゃったらどうだろう」「変な手のつき方をしちゃったら、みんなまずどうする?」など、イメージしやすく具体的な注意喚起を心がけています。

 あとは「掛け声をちゃんとしよう」っていうこと。カウント一つ間違えると高いところから落ちるリスクがあるので、もしも少しでもメンバーの声が聞き取りづらかったら、止めて、聞く。練習だったら何回でもやり直せますからね。次のアクションで何をやるかを、みんなで同じく把握してから上げるのを徹底しています。

一歩間違えたらとても危ないスポーツであるという現実的な話を、特にジュニアの生徒たちには口すっぱく伝えています。

〔笠原園花インタビュー vol. 5〕につづく

<笠原園花>
1992年生まれ。高校でチアリーディングと出会い、大学卒業後は社会人チームに所属。2016年、日本代表として出場した世界大会で海外チームの演技に刺激を受け、17年よりオーストラリア・メルボルンで活動。18年にクラブチームの世界大会「チア・ワールド」男女混成部門で世界6位に入賞。オリンピック種目候補として注目を集める競技チアリーディングの魅力を広め、次世代を担うチアリーダー育成に取り組む。東京都稲城市出身。


VictorySportsNews編集部