トレーニングは辛くない、毎日が‟たのしろい”

 咲來さんのトレーニングは、朝起きた時から始まる。ストレッチ、腕立て伏せ40回、スクワット50回を3セット、ゴムチューブやバランスボールを使った運動メニューなどをこなす。普段の練習場所は、自宅からほど近い公営のテニスコート。コートではまず周囲を軽くランニングし、縄跳び。よく見ると縄を2本手にして軽々と二重跳びをしている。サイドステップやクロスステップ、メディシンボールやソフトボールを使ったトレーニングの他に、チューブや棒状の器具を使って体幹を鍛える。ホースや園芸用の支柱を使った勲さんお手製のものだ。

 一連の基礎トレーニングを終え、ようやくラケットを握る。まずは勲さんが球出しをして、位置を変えながらストローク練習。フォームなどに対する勲さんの細かな指摘に、着実に対応していく。ミスショットはほとんど無い。レシーブやラリーの練習を行い、最後はゲーム形式でサーブとレシーブを交替して打ち合った。

 勲さん渾身のサーブは、初めは全く返せなかったのだが、回を重ねるうちにボールにラケットが届くようになっていく。練習が終わる頃にはレシーブを返し、ポイントを取れるまでになっていた。「3日前にできなかったことができるようになっている」と勲さんも興奮気味だ。

 トレーニングをきつい、やりたくないと思うことはないのか尋ねると、咲來さんは「ない!」と即答。「トレーニングはね、きついからこそやりたい。さーちゃんはね、強くなりたいとよね。トレーニングは強くなるためにやるから、きついとは思わないよ、“たのしろい”」

「楽しい」と「面白い」を合わせて“たのしろい”。咲來さんが自分で作った言葉だ。勲さんは、「楽しいというのは与えられたもので、面白いは自分で見出されるもの。内側から探求してワクワクする、面白いが大事だなと思っていたところ、咲來はそれを超えて“たのしろい”と言ったんです」と話す。

 練習の成果も実感している。朝日山の芝広場には、こぶ状に地面が盛り上がった場所があるが、あえてそこを走る。「上り下りすると足に負担がかかるけれど、ものすごく足首にいいし、一歩がめっちゃ大きくなる。ネットで前に出されたボールを取るイメージで走っている」(咲來さん)
「それまで触ることのできなかった僕のスーパーショットを完璧に返してきたんです。朝日山のトレーニングで歩幅が大きくなったと言うんですよ」と勲さんも驚く。「強くなりたい」という純粋な思いが、厳しいトレーニングに向かう原動力になっている。

試合前の「勝負めし」は鍋料理

 ジュニアアスリートにとって、運動と共に大切な食事。咲來さんの好物は、餃子やシチュー、ステーキに、トマトやブロッコリーなどの野菜。好き嫌いなくよく食べる。母の慶子さんが作る鶏の手羽元とニンニクの煮物がお気に入りの一品。大会前は必ず鍋料理が食卓に上る。バランスよく栄養を取れて消化もよい。好きな具材は豆苗と鶏つくね。高木家の「勝負めし」だ。

 普段の食事から身体に必要な栄養をしっかり取り、朝夕、牛乳を飲むのが日課だ。朝は牛乳にプロテインと青汁を混ぜて飲んでいる。練習中と練習後にもプロテインを飲み、成長期のジュニアアスリートに必要な栄養素を補う。

 市販のお菓子やスナック類は、ほぼ食べることはなく、まるぼうろや芋けんぴ、するめがおやつ。試合の合間には、干し芋やみたらし団子でエネルギーを補給する。「干し芋食べると、パワー、パワーが出るから!みたらし団子はまじ大好き」と咲來さん。

 アスリートとして鋭い視線でボールを追う咲來さんだが、コートを離れると無邪気な表情に変わる。家ではおっぺけ(お茶目)な一面も見せ、家族を和ませる。5歳の妹と遊んだり、母と一緒にホットケーキやお団子を作ったり。家族でお弁当を持ってピクニックに行くこともある。
「でも家族で出かけても、気づいたら走ってるんです(笑)。身体を動かすことが本当に好きで、じっとしていられないみたい。練習が休みの日にも朝日山に走りに行くほどです」と慶子さんは笑う。

 そんな咲來さんを、家族みんなが応援している。大会には慶子さんも仕事の都合がつく限り顔を見せ、祖父母も来てくれる。咲來さんが初優勝した「九州ジュニアテニス選手権大会」は宮崎県で開催された。決勝戦には、慶子さんも妹を連れて駆け付けた。咲來さんにはサプライズの応援。家族の支えが力になっている。

夢は女の子の“強く、かっこいい”の憧れになる選手

 次の目標は、来年2024年に佐賀で開催される国際大会。14歳以下の部には10歳から出場できる。グランドスラムと呼ばれる世界四大大会にはジュニアの部があり、イギリスで行われるウィンブルドンジュニアのワイルドカード(主催者推薦)をかけた大会だ。世界を視野に、幼い頃から英語の勉強にも力を入れてきた。咲來さんに将来の夢を尋ねると、「夢と目標がある」と前置きして教えてくれた。

「目標はグランドスラムの4大大会で優勝して、“テニス王”になること。その先に夢があって、夢は、アスリートを目指す世界の女の子たちが、『強さ』や『かっこよさ』に憧れを持てるような、そんなモデルになる選手になること」

 想像を超えるようなトレーニングを、日々、淡々とこなす咲來さん。そこには、純粋に「強くなりたい」という気持ちがある。それは強制されてできることではない。
「さくらちゃん、テニス好きなの?」と尋ねられると、咲來さんは「好きじゃないよ」と答える。「好きじゃなくて、大好き!」

 テニスコートに立つと、まだ小さな身体から想像できないほど、力強いショットを繰り出す。その姿からは、「テニスが大好き」という想いがあふれている。世界の女の子が憧れるカッコいいテニスプレーヤー。夢に向かって、咲來さんは今日も父と共に地道なトレーニングを続ける。

世界を目指し、道なき道を切り拓く―9歳のテニス九州大会チャンピオン高木咲來さんと父勲さん〔前編〕


〈高木咲來(たかき・さくら)〉
2014年、佐賀県生まれ。Team S.C所属。1歳になる前からテニスを始め、4歳で試合に出場。9歳(小学3年生)で12歳以下女子シングルスの九州チャンピオンに。Instagramで日々の様子を発信(team.s.cで検索)。
・第76回九州・⼭⼝⾼校⽣学年別⼩中学⽣テニス⼤会⼩学⽣⼥⼦シングルス 優勝
・福岡県テニス協会2022秋季チャレンジジュニア11歳以下⼥⼦シングルス 優勝
・第41回 全国小学生テニス選手権大会 福岡予選大会2023 優勝
・全国選抜ジュニアテニス選手権 福岡予選大会 12歳以下女子シングルス 優勝
・第50回九州ジュニアテニス選手権大会兼全日本ジュニアテニス選手権'23九州地域予選 12歳以下女子シングルス 優勝


VictorySportsNews編集部