ここまでを振り返ると、まず日本のエース堀島行真(26=トヨタ自動車)が開幕戦を飾った。12月2日のフィンランド・ルカ大会、決勝の2本目。コブに果敢に挑んでいく。エッジを利かせた鋭いターン、脚の伸縮、ブレのない上半身。ミドルセクションの攻撃な滑りもさることながら、エアでは最高難度の「ダブルフルツイスト(後方伸身宙返り2回ひねり)」を披露した。

 これは今年8月から2カ月間、ノルウェーの雪上で100本以上も跳んで磨き上げたという大技だ。しっかり着地を決めると会場からは一際大きな歓声が上がった。勢いに乗ってゴール、タイムは19秒82。得点は82・68をマークした。

 79・88点のウォルター・ウォルバーグ(23=スウェーデン)、79・08点のキングズベリーを抑え、W杯通算15勝目。北京冬季五輪の表彰台に立った、同じ顔触れ3人の並び順を変えてみせた優勝だった。

 すると絶対王者も黙ってはいない。キングズベリーは第2、第3戦のスウェーデン・イドレ大会、さらに第4戦フランス・アルプデュエズ大会と3連勝、W杯通算勝利数を一気に83にまで伸ばした。圧倒的な滑りと美しいエア。まだまだ後進に道を譲るつもりは毛頭ない。

 堀島も第3戦、第4戦と連続して3位に入り、安定した強さを発揮している。技の難度を上げて臨んでいる新シーズンは、常に表彰台の上がることを意識する。その堀島のほかにも日本からは杉本幸祐(29=デイリーはやしや)や、女子の柳本理乃(23=愛知ダイハツ)らの有力選手も参加。中でも柳本は第2、第3戦と連続で2位に入り、第4戦でも4位に付けている。今シーズン、さらなる躍進が期待されている若手だ。

 再び世界の男子に目を移したい。そこに目を凝らせば、世代交代の波は着実に押し寄せている。堀島はシーズン開幕前、現在のモーグル界について「レベル層がすごく厚くなっている」と話した。その視界にはキングズベリーはもちろんのこと、ウォルバーグら「新しい風」を吹かせているスウェーデン代表チームの面々を警戒しているようだ。

ミカエル・キングズベリー選手(カナダ) © Mateusz Kielpinski/FIS

スキー大国におけるモーグル人気の火付け役

 スウェーデンは神奈川県ほどの人口1,052万人の国だが、スキー連盟全体の登録者数は約14万6000人にもなる。そのスキー大国にあって、モーグルは強い追い風を受けている。W杯未勝利だったウォルバーグが北京五輪で金メダルを獲得したことにより、国内のモーグル人気に火がついた。競技者数が増え、若き選手たちの目は輝いている。

 「スウェーデンにとって僕のメダルはモーグル界で初めてのメダルだったので、スウェーデンに新しい風が吹きました」。23歳のエースに続けとばかりに、期待のホープたちが代表チームには揃っている 。

 昨シーズンは新人賞を獲得するなど数々の好成績を収めた19歳、 フィリップ・グラベンフォースは地元開催の第2戦で3位と表彰台に上がった。続く第3戦ではラスムス・ステグフェルド(24)が2位に滑り込んでいる。

 そして第5戦、フランス・アルプデュエズ大会(12月16日)のデュアルモーグルで待望の風が吹いた。前日の第4戦のモーグル決勝を欠場したウォルバーグが、準決勝でキングズベリーを下して決勝進出。対するファイナルの相手もステグフェルドというスウェーデン対決が実現した。

 ウォルバーグは飛び出しから圧倒的なターンとハイスピードを披露する。隣で滑走したステグフェルドは懸命に食らい付こうとしたが、焦りから途中でコースから外れるミスが出た。それを尻目に2つのエアも完璧にこなし、今シーズン初優勝した。一方で敗れはしたがステグフェルドも第3戦に続く2位と大健闘した。表彰台では2人で抱き合い、ワンツーフィニッシュを喜び合った。

 ウォルバーグ、ステグフェルド、グラベンフォースがW杯の前半戦で表彰台に上がったが、ほかにも若き精鋭たちが控えている。アルビン・ホルムグレン(22)とエミール・ホルムグレン(20)の兄弟、ロビン・オルガード(20)はW杯開幕前のオープン戦で表彰台に上がっている。彼らがケガなく順調に成長すれば、3年後のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪(イタリア)では、金・銀両メダルの独占も現実的な目標だとチームスタッフは自信を口にしている。

第5戦でワンツーフィニッシュを決めたスウェーデンのウォルバーグ選手(中央)と ステグフェルド選手(左) © Mateusz Kielpinski/FIS

スウェーデン代表チームと日本のアパレルブランドの意外な関係とは

 このスウェーデン代表チームを語る上で、日本のアパレルブランド「ユニクロ」のサポートは大きい。2021年に同国スキー連盟とオフィシャルサプライヤー契約を締結した。以降、結果が上向くモーグルチームはユニクロへの信頼を強め、今季の契約もむろん延長している。

新しいウエアを着たスウェーデン代表モーグルチーム

 モーグル とは自然環境を相手にする競技。風を切り、最高のパフォーマンスを出すためには、高い機能性を備えた上質なウエアは必須アイテムとなる。急斜面のコブを攻める上で、最重要視されるのが素材の伸縮性と軽量感だ。より速く、より高く、より柔軟に。選手たちとの意見交換による開発は進化の一途をたどっている。

 選手たちからのフィードバックをふまえ開発した今季 のウエアに対して、ウォルバーグは、「新しくデザインされたモーグル競技用ウエアにとても満足しています。白色に改良された袖はスタイリッシュな見た目で、競技のために優れた機能も持ち合わせています。1 年で150日以上はスキーをしていますが、このウエアの素晴らしい機能で、あらゆる天候でも着ることができます」と語る。今シーズンの目標は、ユニクロのウエアと共にW杯でゴールデングローブ(総合優勝)を獲得することだそうだ。

 遠く離れた北欧のスウェーデンだが、そのお国柄は日本人気質に近いのだという。何事にも質実で、自然を愛し、和を大事にする。日常生活においても、家の中では靴を脱ぐ習慣も同じだ。スポーツを通じて日本との関わりも深化する。機能性だけでなく、ユニクロの持つシンプル美のデザイン性もまた、スウェーデン人の心に刺さるもののようだ。

 もう1つ日本との関わりと言えば、ウォルバーグは今年4月に札幌にいた。キングズベリー、堀島らと「WORLD MOGUL CAMP by UNIQLO」(4月7~9日)というユニクロがメインスポンサーである競技の普及と選手育成を目的とした次世代活動イベントに駆けつけた。ライバルたちとの親交を深める中、日本のモーグルキッズたちを指導。そこに参加していた中村拓斗(17)は今シーズン、日本代表(強化指定選手Bランク=五輪でメダル獲得を目標とする選手)に選ばれた。ウォルバーグによる「新しい風」はこんなところにも吹いている。

WORLD MOGUL CAMP by UNIQLO © T-world

 今シーズンのW杯は、3月16日のイタリア・キエーザ大会まで全9会場でモーグル、デュアルモーグルが各9回開催される。第6戦(12月22日)のジョージア・バクリアニ大会では再び堀島が安定した滑りで優勝し、通算16勝目を挙げた。その2位には新鋭グランベンフォースが続いた。まさに混線模様だ。シーズン 最後に総合優勝を手にするのは誰か。「ストップ・ザ・キングズベリー」。ノルウェー語で「雪上のコブ」を意味するモーグル。絶対王者の「目の上のタンコブ」となる新たな選手の戴冠を期待したい。


佐藤隆志

1968年11月、徳島県生まれ。91年、日刊スポーツ新聞社に入社。記者としてサッカー、陸上、水泳などを担当する。2010年サッカーW杯南アフリカ大会、12年ロンドン五輪を現地取材。11年に及ぶスポーツ全般のデスクを経て、再び現場記者として活動する。日刊スポーツウェブ版で「サカバカ日誌」を執筆中。