先人たちが語る大切なものを象徴

 開催コースは2028年ロサンゼルス五輪の会場になる米西海岸の名門、カリフォルニア州リビエラCC。舞台は整っていた。ウッズは第1ラウンドを72で回り、70人中49位で滑り出した。関係者によると、その夜から風邪のような症状があり、第2ラウンドの朝になると発熱。スタート後には目まいも覚え、7ホール目のティーショットを打った後で棄権した。自身のホスト大会を途中でやめるということは、耐え難い状態だったと想像できる。

 ウッズとは対照的に、松山はそう快なラウンドで圧巻の2年ぶりの優勝劇を演じた。昨季は首などの痛みに悩まされて未勝利で、トップ10入りも2度だけだった。しかし今年は回復。首位に6打差で出た最終ラウンドは9バーディー、ボギーなしと完璧な内容だった。リビエラでの最終ラウンド最少記録となる62と爆発し、2位に3打差をつけて制した。今回は出場人数が絞られたステータスの高い大会の一つで、破格の400万㌦(約6億円)の優勝賞金を手にした。ホストのウッズは最終日には不在で「一緒に写真を撮りたかったけど、まあ残念でしたね」。ほほ笑みながら優勝の余韻に浸った。

 両者の姿を見るにつけ、ゴルフの先人たちが口にしてきた言葉が想起された。日本ではスポーツなどに取り組む際に大切な姿勢について、精神性を重んじて「心技体」のフレーズが人口に膾炙している。しかし、ゴルフで世界を相手に戦ってきた強豪たちは「体技心」と口をそろえる。日本男子初のPGAツアー優勝を飾った青木功は以前、次のように語っていた。「まず体力がなければしっかりした技術は身に付かないし、意欲も湧いてこないだろう。大事なのは体技心の順」。日本ツアー最多の94勝を誇る尾崎将司も同様の見解を示す。世界基準では体格で劣るとされる日本選手。海外勢と相まみえる中で力を発揮するには、身体の充実が何より重要だと説いている。ジェネシスでの2人の結果は、この格言を象徴していた。

新たなステージ

 1997年、史上最年少21歳で鮮烈なマスターズ制覇を成し遂げるなどスーパースターの座に君臨してきたウッズ。次々に歴史を塗り替えてきたが、近年は逆境に見舞われている。2021年2月の自動車事故で右脚に重傷を負った。その後、練習で右足裏を痛めたことを告白。昨年のマスターズでは痛々しく右足を引きずり、途中棄権した。PGAツアーで72ホールを完遂したのは、45位だった昨年2月のジェネシス招待にまでさかのぼる。

 競技以外では新たなステージに突入している。昨夏、PGAツアーの理事に就任した。時まさに、サウジアラビア政府系ファンドが支援する「LIVゴルフ」との事業統合が進行中。激しく対立してきた団体との交渉で落としどころを模索しており、発言力のあるウッズは重責を担う。ロリー・マキロイ(英国)らと組織を創設し、テクノロジーを活用して屋内で競う新リーグ「TGL」も手がける。ティーショットなどで巨大なシミュレーターを利用し、50ヤード以内になると実際のグリーンに舞台を移す形態で、選手兼オーナーの立場。施設の不具合で開幕が来年に延期されたが、次世代のスタイル導入で、競技普及にも力を入れる。

 そしてジェネシス招待の直前には、自身のアパレルブランド立ち上げというビッグニュースが飛び込んできた。名称は「Sun Day Red(サンデーレッド)」。昔からウッズが日曜日の最終ラウンドで赤いウエアを着用してきたことに由来し、ロゴマークは虎だ。提携したのがメーカーのテーラーメイド。プロデビュー時からナイキと契約を続けてきたが、27年に及ぶ関係の解消を1月に公表したばかりだった。男性向けのウエアを手始めに、ゆくゆくはシューズや女性向け、キッズ用に拡大していく方針。製品の質について「自分が何年間もかけてやっていたことで、誰も知らなかったことがある。その秘密を分かち合う準備はできている」とコメント。ビジネスの世界でも着実に足跡を残そうとしている。

残された偉業と虎のマーク

 選手として、ウッズがまだ到達していない代表的な歴代記録に、メジャー優勝回数がある。最多は〝帝王〟ジャック・ニクラウス(米国)の通算18勝。ウッズは15勝で、最後のメジャー制覇は2019年のマスターズだ。けがや加齢により、達成が徐々に困難になってきている様相だが、本人は次のように語る。「かつてのようなスピードでクラブを振ったり、練習量をこなしたりすることはできないが、しっかりとフェースの真ん中で球を打つことはできる。体も日を追うごとに新しい感覚を手に入れている」と前向きさを失っていない。

 メジャーを制覇する回数はひょっとすると「サンデーレッド」のロゴマークの虎に影響を及ぼすかもしれない。現在のデザインには、メジャー15勝にちなんで15本のストライプがあしらわれている。今後、新たなメジャー優勝が加わった場合にどうするのかと問われると、ウッズは笑顔で次のように答えた。「マークをつくり直さなきゃいけなくなるね」。

 四つあるメジャーで、現実的に一番優勝を狙えそうなのはマスターズだろう。メジャーで唯一、開催コースが変わらず、毎年4月にジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで行われている。ガラスと形容される高速グリーンやコース形状など、蓄積されたデータはスコアメークの上で極めて有用。ウッズは過去5度の大会制覇を重ねている。メジャー最年長優勝記録は、かつての好敵手で今ではLIVゴルフに参加しているフィル・ミケルソン(米国)が持っており、3年前の全米プロ選手権を50歳で制した。ウッズは2025年12月30日に50歳の誕生日を迎える。状況を鑑みると、これまで数々のミラクルを起こしてきたウッズだけに、健康を損なわない限り望みはありそうだ。体調が戻った松山の活躍とともに、まずは4月11日開幕の〝ゴルフの祭典〟マスターズに世界中から熱い視線が注がれる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事