その1本、1本が子どもたちにとって最上の時間となっていくのが分かった。

 4月上旬、札幌には前週に降った雪が多く残り、春を感じさせる陽光に照らされたゲレンデは一層のまぶしさを放っていた。その中を幾重もの真剣な、生き生きとした顔が滑っていく。各班に分かれ、先頭を行く世界のトップ選手の後ろ姿を追うように、隊列を作り、フラットな斜面での基礎的な滑りから学んでいく。

 いよいよ競技名の語源にもなったコブを滑り降り、ジャンプまで見せる試走の時間がやってきた。

 先に滑り降りた堀島、ウォルバーグらが、ゴーグルを外してスタート地点の子どもたちに手を振って、ゴーサインを出す。
それぞれが、それぞれの課題を持って、力いっぱいに斜面を降りてくる。

 「いいよ!」

 堀島の声が雪上に響く。滑り終える度に、向かい合って、動きも交えながら改善点を伝えていく。その言葉をかみしめて、子供はまたゴンドラに乗ってスタート地点へ。
時間がある限り、子どもたちが斜面に挑んだ。先生役の一流選手たちも、動画まで駆使して、具体的な助言を続けていった。

 2時間ほどの熱血レッスン。

 「自分たちが選手でやってきた技術を伝えられるのは、すごく価値のあるものですね。(試技は)5本ぐらいでしたけども、上達がみられたと思いますし、僕が伝えた考え方から滑りのヒントを得て、今後ももっとよりうまくなることで、みんなも楽しくなると思うので。そういった姿を次に会った時に見せてもらいたいなと思います」

 22年から参加して3年目。教える側として最も重視している事をより詳しく聞くと、このイベントの持つ価値が明瞭になっていった。

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キャンプの一環でメダリストによるトークショーも

 雪上レッスンの前にロッヂで行われたトークショーで、傾聴していた皆が驚きの声を上げた場面があった。オフ期も含めた筋力トレーニングについての質問に堀島が切り返した。

 「僕自身、4,5年はトレーニングはやってないんですけど」

 アスリートは誰もが行っていて当たり前と、子どもたちも含めて思っていただろう。意外な答えに、その後の言葉に一層の関心が増すのが分かった。

 「正しい体に筋肉が乗っている事が大事だと思ってます。自分も日ごろの生活から姿勢だったり、滑っている時の体のポジションというのを大切にしながら過ごすことで変わっていった部分があるので」

 その後のレッスンで滑り終わった選手たちに身ぶり手ぶりで伝えていたのは、主に「正しい」姿勢について。重心の位置のズレを見極めて、その都度に姿勢を直していく。

 正しさが目指すものは、ケガ防止が大きい。

 「僕たちのモーグル競技はミスがどれだけ減らせるかが大事。ミスがあればケガにつながります。ミカエル選手のように30歳を越えても、ケガをしないでトップ選手に居続けることを僕も目指しています。そういう選手がいることが大事で、競技をもっともっと価値のあるものにしていきたいという視点からも目指していることです」

 キングスベリーは長く競技のトップに君臨し、なおかつ1回も大きなケガを負っていない。
急斜面に無数に作られたコブにはね返されるようにしながら滑降し、なおかつ跳躍も行うモーグルは、一般的には危険なイメージが伴う。

 会場のゲストを務めた98年長野オリンピック代表の三浦豪太が言う。

 「モーグルは膝が痛そうなスポーツでしょう。でも、キングスベリーは12年間、滑りではケガをしてないんですよ。コブから来る衝撃をきれいに抜いてるんですよね。だから、速い」

 世間の持つ印象と、現実の違い―。

技術の向上だけではない 怪我をしないための基礎が大事

 堀島自身が「正しさ」を見つめ直したのも、腰の痛みなどが取れずに不調に陥った事がきっかけで、以降に解剖学なども学んできた。

 「ケガがない選手がたまたま勝っているのではない。その事を知ってもらえるようにしたい。そうした選手が勝っていく事で、競技はもっと盛り上がっていくと考えています」

 その信念、ノウハウを、基礎を学ぶ幼少時代に知ってもらう事は大きな意味がある。

 国際オリンピック委員会(IOC)が掲げてきた「より速く、より高く、より強く」の理念はいま再考の時を迎えている。過度な競争主義的な価値観のまん延の中で、無理なトレーニングによる慢性的な疲労状態が続くオーバートレーニング症候群や女性アスリートの三主徴などが問題視されている。

 SDGSが注目される中で、スポーツ界も既存の価値観からの変化を求められていく事になるだろう。本来は健康になるためのスポーツで、過剰に害すような現状があれば、親は子どもたちにその競技をやらせたいとは思わない。普及にとってこれ以上の大きなマイナス要素はない。

 持続可能か競技とは―。その1つの答えのヒントが、この日の姿には詰まっていた。

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スウェーデンが歴代最多数のメダルを獲得した背景

 「UNIQLO WORLD MOGUL CAMP」は、2018年8月にユニクロがストックホルムにスウェーデンの1号店を出店し、19年1月からスウェーデン代表チームとのパートナーシップを結んだ事が契機となっている。

 東京五輪では9個のメダル(金3、銀6)を獲得し、北京五輪では金メダル8個、合計のメダル数18個(銀5、銅5)は、ともに冬のオリンピックでの歴代最多数となった。

 また、スウェーデンオリンピック・パラリンピック委員会と合同で2020年7月からスタートしたのが「ユニクロドリームプロジェクト」。スウェーデンのトップアスリートとともに、子どもたちに、スポーツを知り、体験する場を提供してきた。
今回は3月に長野県・白馬、そして4月に北海道・札幌開催となった「UNIQLO WORLD MOGUL CAMP」は、その活動の一環として、世界トップの選手らと共に未来のアスリートを応援したい思いから始まり、いまにつながっている。

 そもそも両者は、3つの合致した要素があったことからともに歩み始めた事は興味深い。

 「高品質(クオリティー)」「革新性(イノベーション)」「持続可能性(サステナビリティ)」。
その一例がウエアだった。

 「このユニホームを着てオリンピックを勝つこともできました。本当にうれしいです。またこのイベントもユニクロさんとやることができて、とても楽しいです。これからも一緒にモーグル選手を育成することに向けて活動できることがとてもうれしいです」

 イベントのトークショーでは24年パリ、26年ミラノ・コルティナダンペッツォの両オリンピックでもユニクロとの関係が継続する事に、ウォルバーグが感謝する言葉もあった。

 同時に、このイベント自体が示していた事も、その3つの要素に合致していた。

 トップアスリートが集結し、「高品質」なケガをしない「革新的な」滑りを体現し、教え込む事で、競技自体の普及という側面から見た「持続可能性」につなげていく。その符号がイベントの価値を明確にしていた。

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 長く続ける―。

 その意味では、55人の子どもたちに加えて、一般枠が設けられていることも、大きな意味を持っていると感じさせた。

 キングスベリーに指導を受けた40歳を超える参加者が教えてくれた。

 「ミカエルに『良いね』って去年言われたことで、この1年思い出すたびに元気になりました!」「おじさんが楽しんでる姿が子どもたちに広げる事にも大事じゃないかなって思います」

 聞けば、競技を始めて3、4年という。同じように参加したベテランの大人スキーヤー達の合言葉は「月曜日に仕事にいくこと」と笑う姿は、明るさに満ちていた。

 モーグルに限らず、競技者以外の息の長い愛好者をいかに増やしていくのは大きな課題となっている。仕事柄、さまざまな競技のトップアスリートが直接指導を行うイベントに足を運ぶ機会も多いが、もっぱら対象は子供だけに限られており、大人が参加していることは非常に希だ。

 もちろん、本イベントも主役は子供であるが、ベテランスキーヤーが指導を受ける姿は新鮮に映った。
モーグルを始めて3年ほどという會田泰丈さんが教えてくれた。

 「世界のトップにこの年になって直接教えてもらえる機会は本当にないですから。大人になってもできるスポーツなんですよ」

 こちらにも伝わってくる興奮が、また大きな価値を教えてくれた。

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 今回ゲストとして参加した中村拓斗は、前身となったイベントに小学校4年生で参加した際に初めてモーグルを滑った経緯を持つ。2024年1月に行われたユース・オリンピックで銅メダルを獲得。今回はゲストとして、教わる側から教える側へ回った。

 その中でも吸収しようとしていることがあった。

 「やっぱり怪我をしないっていうのは、滑る前の体の準備であったり、あと滑った後のケアも重要だと思っています。そういう部分が見られるかもですね」

 そうして、競技は続いていくのだろう。

 「自分にモーグルを授けてくれたキャンプですから」

 かつての自分のように、この日初めてモーグルに触れた子もいる。

 そして、その子がいつか、競技者を終えても、愛好者として長く、長く、滑り続けられるような未来へ。

 子供、大人、そして選手たちの笑顔が多くを教えてくれた。


阿部健吾

1981年、東京生まれ。08年に日刊スポーツ新聞社入社。五輪は14年ソチ、16年リオデジャネイロ、21年東京、22年北京を現地で取材。現在はフィギュアスケート、柔道、体操などを担当。ツイッター:@KengoAbe_nikkan