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「いろいろな節目を、間近で見ることができた」(並木)

――並木さんは経営コンサルタントとして、池田さんは球団社長としてプロ野球の世界に関わってこられて、現在はともにJリーグの理事に名を連ねておられます。日本の2大スポーツと言われる野球とサッカーに接点を持ち、年齢も近いお二人に、日本のスポーツの課題とこれからについて語り合っていただきたいと思います。まずは並木さん、プロ野球の球団と仕事をされるようになったきっかけを教えてください。

並木 MBA取得のためにアメリカに留学していた2004年、日本で球界再編の動きが起きていることをニュースで知り、何かできることがあるのではないかと「info@rakuten」のお問合せ用アドレスにメールを送ったのが最初です。すぐに当時の球団社長だった島田亨さんから返事をいただき、帰国後、参入1年目のイーグルスとお仕事をさせていただけることになりました。マッキンゼーという外資系コンサルティングファームで大手企業の案件を数多く担当していた私にとっては、なりふり構わず突き進もうとしていた当時のイーグルスの空気はとても新鮮でしたね。イーグルスの創立メンバーには、現在スターフェスティバルの社長を務められている岸田祐介さんやビズリーチの南壮一郎さんたちがいて、そういう出会いもすごく刺激的でした。

池田 そのころ、私は投資ファンドと組んで、マーケティングの責任者としてある企業再生の案件を手がけていたんですけど、その会社にイーグルスの経営陣がスポンサー営業に来たことがありましたよ。ほとんど飛び込みに近い感じでした。とにかく軌道に乗せようと、かなり頑張っていたんでしょうね。

並木 必死だったと思いますよ。同じころ、ファイターズは北海道に移転して、新しい経済圏をつくろうと奮闘していたし、2011年のオフにはDeNAがベイスターズを買収した。幸運にも、いろんな節目を間近で見ることができました。

――まさにその横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任したのが池田さんです。プロ野球の世界に飛び込んでみて、一般的な業界との違いを感じたのはどのあたりでしたか。

池田 週刊誌の記者が自宅まで取材に来る(笑)。

並木 それだけ注目度が高いんですよね。売上50~100億円ぐらいの中小企業の社長がそこまで記者に追いかけられるなんて、普通はありえない。

池田 あとはオーナーですね。オーナーという肩書ではあるけど実際は企業人だし、個人ではなく親会社が球団を持っているわけで。スポーツとはまったく業態が違う親会社からオーナーがやって来て、お目付け役のように球団の経営を見ているというのは、いまだにすごく不思議な感じがします。Jリーグにも言えることかもしれませんが、そういう構造になっている以上、球団は親会社や責任企業の評価を気にしながら経営をしなければならなくなってしまう。それに、親会社からの出向で突然スポーツの経営者になった人が、しがらみが多い世界の中で景色を一変させられるような結果を出せるかというと、それはなかなか大変なことだと思います。

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「やってみたい」がないと難しいビジネス(池田)

――逆に親会社の視点に立つと、プロ野球チームやJリーグのクラブを保有し続けている意味はどこにあるんでしょうか。もはや広告宣伝としての価値があるかどうかも微妙ですし、むしろチームの赤字を補填するために一定の額を拠出し続けているのが実態かと思いますが……。

池田 企業買収の時って、普通、プレ(新規投資前の企業価値)とかポスト(新規投資後の企業価値)を出したりしますよね。そういうふうに数字で算出した価値をロジックにしている会社がスポーツチームを持つことはかなり厳しいと思います。たいていは赤字で、そうなるとプレは「0円」になってしまいますから。違うところで意味を見出せないと、毎年数億円以上も払いながらチームを持ち続けることはできない。球団でしっかりと儲ければいいじゃないかと言われるかもしれませんが、たとえばITみたいにレバレッジが利くわけではないので、めちゃくちゃ儲かるというビジネスでもない。

じゃあなぜかと言うと……結局のところ、みんな「やってみたい」「スポーツチームを持ってみたい」ということなのかなと思いますね。はじめの段階では「認知拡大」といった意義がありますが、その効果も時間とともに薄れていきますし、最終的にはビジネスとして黒字化さえできていれば、本業の利益率とは別の次元で「スポーツの価値」みたいなものを釈明しつつ、保有し続けることになる。結局は「やってみたい」というのがないと難しいビジネスですよね。

並木 私がMBA取得のためにペンシルバニア大学ウォートン校で学んでいる時、スポーツビジネスの教授が「一言に尽きる」と言ってました。「ずばり、Psychic Value(心理的な価値)だ」と。それで片づけてしまったら記事にならないのかもしれませんけど(笑)。
 
池田 でも、その通りだと思いますよ。いまは衆院選の前だから(編集部注:対談は10月上旬に行なわれた)、テレビをつけると政治の話ばかりじゃないですか。どんなに人気のある政治家でも、30~40パーセントぐらいのアンチが生まれることは避けられない。でもスポーツの世界は、成功して結果を出すと、100パーセントに近い支持を得られる可能性があるんです。ある種の純粋さというか、そういう部分はスポーツ特有なのかなと思いますね。

並木 ただ、私の感覚だと、最近になってちょっとずつ変化を感じられるようになってきました。一つは、イーグルスやベイスターズといった球団がスタジアムビジネスとしてのプロ野球の成功例をつくったこと。先進的な経営をしている海外のクラブチームに追いつき、追い越していけるような状況が生まれつつあるのではないか、という気がしています。それからもう一つは、球界、スポーツ界に参入したいという意欲を持っている企業が増えていることです。しかも、それは社名を世間に知らしめたいという広告宣伝目的ではなく、「こういう方法を使えば儲かるんじゃないか」というアイディアを持っていて、純粋にそこにビジネスチャンスがあると見ている。コンサルの立場としても、正直なところ、スポーツはあまりお金にならない領域と思われていたんですが、スポーツがらみで相談したいという大きい企業が出てきたりして、様子が違ってきていますね。

池田 2020年の東京五輪も見据えて、ちょっとバブルみたいな状態なんでしょうね。ひと昔前に比べれば、スポーツにビジネスとして関わる際に見えるお金、動くお金が増えたような印象はあります。それでも、世の中をリードする業界なんかに比べると、まだ「0」が一つ少ない。

並木 そうですね。先ほど、スポーツにビジネスチャンスがあると感じている企業が増えていると言いましたけど、とてつもなく大きなリターンを狙っているわけではなさそうです。彼らの能力を使えば、ある事業に30億円を投資して300億円のビジネスに育てられる可能性があるのに、不思議とスポーツに関しては30億円の投資で40億円つくれればいいと考えている節がある。そんなに儲からないだろうとわかっていながらスポーツの分野に参入したいというのは、やっぱりスポーツに、数字には置き換えられない心理的な価値を感じているからなのかもしれません。

<後編に続く>

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【後編はこちら】並木裕太×池田純 サンウルブズは、モデルになる可能性を秘めている。

プロ野球とサッカーという2大スポーツに、それぞれの立場で関わってきた並木裕太氏(経営コンサルタント)と池田純氏(前・横浜DeNAベイスターズ)。後編となる今回は、Jリーグ理事の立場から現状のJリーグが抱える問題点について語っていただいた。(文:日比野恭三)

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日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。