危機が迫るプロ野球界と関係者の危機感のギャップ
「筒香選手の提言は日本の野球の発展にとって非常に重要で、いま日本全体を見ても重要で勇気あるアクションだと思います」
横浜DeNAベイスターズの前球団社長、池田純氏は、メディアを通じて報道され話題になっている筒香選手の発言が、多くの関係者が気付いていない問題の本質を突いていると言います。
「ペナントレースもクライマックスシリーズも日本シリーズも相応に話題になるし、お客さまも入っている。2020年にはオリンピックもあるし、WBCがあればお茶の間には侍ジャパンの話題があふれる。『野球離れ』だ『消滅の危機』だという声は過去からずっとありますが、最近は日本全体がスポーツブームで、その最上位に位置する日本の野球界とその関係者は、それほど“困っていない”と思うんですよね。一般的にも、“困っていない”と、本気で考えて、何か新しい取り組みをしなければいけないとか、本気で改革をしようという考えに至らないのが真実なのではないでしょうか」
野球人口の減少やファン層の高齢化、野球中継の減少など、「プロ野球の危機」はたびたび報じられていますが、真の意味で危機感を持って何かを変えようと具体的な改革レベルのアクションを起こしている人はまだ少数派です。今回、現役選手である筒香選手が声をあげたことは、とても意義深いことだと池田氏は言います。
「この問題は社会にあるさまざまな課題と通底しているところがあると私は感じています。どんなことでも本当に“まさに今困っていない”と本気で考えない、結局みんな自分のことが大事で、安泰のうちに任期を終えることを考えてしまいがち。保身を考える。結果として、次世代に懸念が先送りされる。お客さまがスタジアムに足を運んでくれて、今年増収になれば球団はこのままでいい。NPBもいますぐプロ野球が立ちいかなくなるとは誰もがその困窮に苛まれているわけではない。そんな中で、現役バリバリ、26歳の筒香選手が、近い将来、子どもが野球をやらなくなる可能性とその原因に言及したことはすごいことだと思います」
現役プロ野球選手による本質的な問題提起
イベント後、筒香選手の報道陣への“スピーチ”は12分にも及んだといいます。その中で筒香選手は、「勇気を持って僕は言います。必要なことはどんどんやりたいです。勇気をもってトライします」と自らの心情を率直に語りました。
「今回、筒香選手が話してくれたことは、単なる『子どもの野球離れ』で片づけられるほど単純な問題ではありません。私が野球界で見聞きしたこと、経験したことから考えても、子どもが野球をやらなくなったりする本当の原因は、かなり根深いものがあると考えています」
筒香選手の問題提起は多岐にわたります。なかでも「子どもたちが指導者の顔色を見てプレーしている」「指導者や大人が子どもに答えを与えすぎている」などの指導に関する問題は、子どもたちが野球をやめてしまう問題に直結し、仮にそのまま野球を続けたとしても選手から自主性を奪い、結果として“指示待ち”の子どもが増えている現状を表しています。
「楽しむための野球が、勝利至上主義に偏りすぎている」
行き過ぎた勝利至上主義も、「勝つために」の大義名分のもと、大人の強制的な指示を横行させる要因になっています。さらに、勝利を優先するあまり小さく成長途上の身体に過剰な負担をかけている現実も重くのしかかります。
行き過ぎた勝利至上主義が将来のスター選手を壊す現実
ベイスターズ社長時代にDeNAベイスターズカップ (神奈川県中学硬式野球選手権大会)を創設した池田氏も、勝利至上主義が与える子どもたちへの悪影響に懸念を持っていると言います。
「ベイスターズカップは、リトルシニア、ボーイズ、ポニー、ヤングといった、所属リーグの垣根を越えて行われる大会で、決勝戦をハマスタでやるのですが、初めての垣根を越えた戦いですし、勝ちたい気持ちがどうしても強くなりますよね。選手を酷使するというフランチャイズ地域での少年野球の現状などもよく耳にしていましたので、投球数制限などのルールを設けたりもしました。感情的に選手がしかられている場面は実際に幾度も目の当たりにしましたが、こればかりは、あくまでも個人的見解になってしまいますし、なんとも言いようがありませんでした。目の前の試合で勝利することも、大会で優勝することも、すごく大切なものだと思いますし、そこから得られるものもたくさんあると思いますが、それだけを目的としてしまうとチームの監督はどうしても勝ちが見込めるエースを酷使してしまう傾向が強くなってしまわざるをえないと思います。だから、前提としての、ルールが必要になってきます」
子どもたちに夢の舞台を提供するのも大人の役目ですが、将来や選手としてのキャリアやモチベーションを守ってあげるのも、子どもたちと野球に関わる大人の役目だと池田氏は言います。
「スポーツ医学の権威の方とお話をしても、『小学生のピッチャーの肘を診ると、本当に将来はおろか今すぐにでも懸念がある状態になってしまっている子もたくさんいる』とおっしゃいます。私がすぐにでも導入したかったのが、プロ野球のスタジアムにレントゲンやエコー検査のできる施設をつくって、子どもたちの野球肘のチェックをすることでした。たとえ儲からなくてもいいから、子どもたちの未来を大切にするための施設、クリニックをつくろうという話を検討していました。球団から離れて、実現はできませんでしたが、子どもたちは頑張りすぎてしまうし、『投げられます』『投げたいです』って言いますよね。そこは大人がしっかりしたルールや環境をつくらないといけません」
日本のプロ野球でも、将来を期待されながら故障に悩み、肩や肘を手術して野球をやめてしまう選手がいることは紛れもない事実です。子どもたちを守るために何ができるのか? 筒香選手もこうした観点から積極的な発信を続けています。
球界の主砲・筒香嘉智はなぜ声を挙げたのか?
今回の問題提起の舞台になったのは、筒香選手が中学時代を過ごしたチーム、「堺ビッグボーイズ」の野球未経験者向けの体験会でした。筒香選手は2014年に堺ビッグボーイズの小学生の部を立ち上げ、2016年には「自分で考えることを子どもたちに」と同チームのスーパーバイザーに就任しています。
「大阪から横浜高校に来て、1年生から4番を打っていた筒香選手は紛れもなく野球エリートです。その彼が現状に問題意識を持っている、それを声にしたということが大切だと思います」
球団社長として接していた池田氏の次の発言からみても、筒香選手がこうした発言に至った背景が、海外での経験にあるのではないかと考えることができます。
「筒香選手は、2015年オフにドミニカのウインターリーグに参加しています。その時感じた“カルチャーショック”をことあるごとに口にしていますが、ちょうど同じ時期にベイスターズが大きく変わっていくのを当事者として現在進行形で感じていたということもあるでしょうし、そういった経験からも、日本の野球の現状や育成の在り方にも問題意識を持ったりしたのではないでしょうか。またそれを声にする大切さ、本質をそのど真ん中にいる人間が発することへの社会の評価、懐の深さといったものは、海外で経験する大きなものですからね」
日本だけしか知らなかった筒香選手が、世界の野球を見たり、いろいろな話を聞いたりする中で、実際にドミニカの地で目にした、ミスに指導者が怒らず、選手たちが自主的に考えてどんどんチャレンジしていく練習風景に驚かされたと語っています。
約6割が喫煙者?のプロ野球選手に子どもたちは何を思う?
サッカーやバスケットボールなど、プロリーグが複数出てきた日本では、今後ますますスポーツの多様化が進むことが予想されます。野球人口の減少、子どもたちの野球離れは、池田氏が冒頭で指摘したように「いますぐ」の危機には映らなくても、やがて必ず顕在化するクリティカルな問題です。
「筒香選手が『野球界は昔から変わっていない』『自分は野球に育ててもらったから野球に恩返しがしたい』というようなことを言っていましたが、旧態依然なところがいまだにあるのは事実です。第1回のWBCの決勝の舞台だったサンディエゴ・パドレスの本拠・ペトコパークを訪れた際に『日本代表選手はタバコを吸う選手が多くて、煙もすごく、臭いがついて困る』と苦情を訴えられたことがあります。その時はスタジアムの内部に『タバコは吸えません。禁煙!』といったような貼り紙がされていましたが、きっかけはWBCでの日本代表選手の喫煙だったというようなことを聞きました」
池田氏は、旧態依然の一つの例として、日本のプロ野球界の喫煙問題を挙げます。
「個人的には日本のプロ野球選手の大きな課題は、タバコを吸うことだと思っています。ベイスターズの社長になった時、公表もしましたが、選手の約6割から7割が喫煙者でした。これはベイスターズに限ったことではなく、球界全体でも相当の割合で喫煙者がいました。そこで、その年から新入団選手は全員禁煙にしたんです。球団を去る時には喫煙者は半分程度にまで減りました」
喫煙の理由として選手から「コンディションの維持、ルーチンとしてメンタルの安定に必要だから吸わせてもらわないと、ルーチンが崩れる」という声もあるそうです。池田氏は「我慢してコンディションを乱したくない」という選手の声に一定の理解を示しつつ、かつプロだから自分で判断することと前置きしながらも、「タバコがなきゃパフォーマンスが落ちるのを子どもがどう思うのか」「これからの野球がどうなっていくのか。子どもが一番影響を受けるのはプロ野球選手」「これからの野球の発展に大切な子どもがどう見るか? どう感じるか?」を選手にも考えてほしいと訴えてきたと言います。
「野球に限ったことではなく、喫煙だけの問題ではありませんが、本質的に大事なことは、子どもたちにどんな影響を与えるかということなんです。ファンになってくれる、野球をプレーしたいと思ってくれるためには、選手としてどんな振る舞いをすべきなのか。そうした視点が欠けていると、今シーズン、来シーズンはスタジアムが満員になっていたとしも、野球をやる、野球を好きな子どもたちがいなくなってしまうと思います」
そういう意味では、今回の筒香選手の発言は、どれをとっても本質的な問題提起であり、漠然と、しかし着実に迫るプロ野球の危機を回避するためのアクションにつながる提言だと池田氏は共感します。
「筒香選手に限らず野球に関わるすべての人が、旧弊やしがらみを超えて、自分たちの思いを率直に話せる球界、社会であってほしい。筒香選手はそうしたきっかけを生む、いいトライ、チャレンジをしてくれたなと思います」
筒香選手の発言に端を発した問題意識は継続するのか? あらゆる年代を巻き込んだ野球改革の端緒となるのか? 今後に注目です。
<了>
取材協力:文化放送
****************************
文化放送「The News Masters TOKYO」(月~金 AM7:00~9:00)
毎週木曜日レギュラー出演:池田純
****************************
DeNA、常識外れの「左4枚」は球界OBも太鼓判 その独自の戦略を読み解く
昨シーズン、19年ぶりとなる日本シリーズ進出を果たした横浜DeNAベイスターズ。その原動力の一つとなった「充実した左投手」に、さらにもう一人、即戦力の呼び声高い東克樹がドラフト1位指名された。常識外れの「左4枚」、その裏にある独自の戦略を読み解く。(文=花田雪)
青木宣親は低迷するヤクルトの救世主となれるか? データと「対応力」の高さが示す可能性
今オフ、ヤクルトへの復帰を果たした青木宣親。メジャーリーグでも現役バリバリの状態で日本野球界へと戻り、1年目からどれぐらい活躍できるかに注目が集まる。低迷する古巣を甦らせ、優勝争いへと導くことはできるのだろうか――?(文=花田雪)
プロ野球選手に寮生活は必要か? 前ベイスターズ社長が取り組んだ寮改革とは「プロ野球離れ」はどこまで本当か? 伝統のスターシステムの終焉プロ野球は12球団のままでいいのか? 意義が問われるCSへの提案ソフトバンク内川は“内部告発”したのか?「コンビニ弁当」問題に見る2つの違和感高校野球を蝕む過激な「食トレ」は、なぜなくならないのか?なぜ「2人だけ」甲子園に行けない? 誰も指摘しないベンチ入り制限の怪