アメリカのWBC視聴者数は日本の1/10

日本では1次ラウンドから盛り上がり、決勝のテレビ中継の視聴率は関東地区で世帯視聴率42.4%、大谷翔平が打者のトラウトから空振り三振を奪って優勝を決めた瞬間には最大の46%に達した。中継したテレビ朝日によると、全国視聴人数は推計5463万9000人だという。
アメリカではどのくらい盛り上がっていたのだろうか。放送権を持っていたのはFOX局で傘下のFS1チャンネルやスペイン語チャンネルFOXデポルテスなどで放送された。視聴者数は約520万人とされている。
日本の視聴者数の1割程度だが、WBCそのものは米国内外で成長している。米国での2017年の第4回大会の決勝視聴者数は310万人であり、今回は約1.6倍になっている。入場者数も過去最多で、マイアミのローンデポパークでの準決勝、決勝の3試合は売り切れた。アメリカ国内でWBCに興味を持っている人は、日本と比べるとはるかに少ない。しかし、大会は回を重ねるごとに視聴者数や観客数を増やしている。

アメリカの野球事情――WBC視聴者数はNCAAバスケの1/3

それでは、同時期に開催されていたNCAA(全米大学体育協会)のバスケットボールトーナメントと比較すると、WBCの人気はどの程度だったのだろうか。
このトーナメントはマーチマッドネス(3月の熱狂)と呼ばれており、3月半ばから4月はじめにかけて行われる。年度によってばらつきはあるが、2023年の男子決勝のテレビ視聴者数は1469万人であり、女子決勝は990万人だった。ちなみに、その視聴者数は昨年に比べて男子が減少し、女子が大幅に増加している。
アメリカ米国内でのWBC視聴者数はNCAAのバスケットボールトーナメントよりは少ないが、そもそもメジャーリーグの視聴者数が減少してきているという問題がある。アメリカ国内のテレビ離れの影響もあって、ワールドシリーズの1試合平均視聴者数は1978年では4400万人だったのが、昨年は1200万人と大幅に減っている。ただし、1試合に限っていうと2016年にカブスが優勝を決めた第7戦は4000万人が視聴。これまでに最も多く視聴者を集めたのは1980年のフィリーズ対ロイヤルズ第6戦で5486万人だ。
また、2017年のギャロップ調査では、アメリカ人にどのスポーツを見るのが好きかを聞いたところ、アメリカンフットボールが37%、野球が11%、バスケットボールが9%、サッカーが7%だった。
子どもの野球人口はどうだろうか。アスペン研究所のデータによると、13歳から18歳に日常的にプレーしているスポーツという質問に、野球と答えたのは2008年が8.2%、2021年には9.5%だった。日本では半数近くの人が試合を見たことになるが、アメリカではWBC中継を見た人は限られているので、これがすぐさま子どもの野球競技人口の増化に表れるとは考えにくいだろう。

WBCは世界市場拡大以外に国内人気回復も命題

こういった背景もあってWBCは野球のグローバル市場拡大戦略のひとつとして行われているが、アメリカ国内の野球人気回復にも期待されている。
 WBCの会場となったローンデポパークを本拠地球場としているマイアミ・マーリンズのオコナー球団社長は、WBC期間中にパームビーチポストの取材にこのように答えている。
「世界中から旅行者が来ている。ワールド・ベースボール・クラシックを見に来る人たちのために、パッケージを作っている旅行会社もあった。しかし、地元のファンもたくさん来てくれている。私たちは、ファンがここにいることを知っている。彼らは野球が大好きで、野球に情熱を持っている。ワールド・ベースボール・クラシックを通じて素晴らしい時間を過ごし、マーリンズの試合にも戻ってきてくれるチャンスがここにある」
マーリンズは、昨年の観客動員数がメジャーワースト2位で1試合平均1万1204人だった。今年も開幕1試合目だけは3万人を超えたが、2試合目以降は2万人にも届いていない。

WBCは野球の国際化に貢献していない⁉︎

WBCはメジャーリーグでプレーする選手の多様性については、それほど貢献していないと思う。1990年代から今年まで、開幕のロースターに外国生まれの選手が占める割合を調べてみた。
野茂英雄さんがデビューした1995年には15%弱であったのが、2001年に25%。2005年には29.2%に達し、ドミニカ共和国、ベネズエラなどの19カ国から選手が来ていた。それ以降はほぼ横ばいが続いており、今年の開幕ロースターもアメリカ以外の19の国と地域からの選手が28.5%だった。
2006年に第1回WBCが開催されたときには、メジャーリーグの国際スカウト網や契約方法などがほぼ整備されていたということだろう。

MLBが独占する利益の還元が世界市場拡大につながる

実力勝負だけに、メジャーの選手の多様性や国際化が今から急激に進むとは考えにくい。それでも、WBCをきっかけにして、世界中の多くの人が野球を楽しむようにするためには、回を重ねるごとにあげてきた利益をいかに分配するかがポイントではないか。それには、主催者がMLBと選手会のままでよいのかという問いともつながる。
筆者は米国でWBCに詳しい2人の専門家に取材したところ、このような回答をもらった。
米ロックヘブン大のティーポール助教「2023年のワールド・ベースボール・クラシックは、再び1億ドルを超える収入新記録を樹立するだろう。賞金総額は、今年は1440万ドルになる。このようなお金は、リソースの少ない国にとっては非常に重要な意味を持つが、それでもMLBの取り分と比べるとかなり少ない」。
米サンフランシスコ大のエリアス教授「WBCはメジャーリーグ・ベースボール(MLB)がオリンピックに代わる大会として開発したものだ。MLBは自分たちがコントロールでき、経済的に利益を得られるような大会を望んでいた。このことは、オリンピックにむけて野球を発展させていた一部の国々にとって問題となった。野球がオリンピックから外されたことで、アイルランドなど一部の国の政府には、自国での野球の発展に資金を提供し続けるインセンティブがなくなってしまった。野球の世界的な普及を妨げることにもなっている」。
 野球が盛んな国は限られているとはいえ、大会の利益をメジャーリーグだけで独占せずに、広く還元することが競技の広がりにつながるのではないか。



(クレジット)
谷口輝世子


谷口輝世子

スポーツライター。1971年生まれ。1994年にデイリースポーツに入社。1998年に米国に拠点を移し、メジャーリーグなどを取材。2001年からフリーランスとして活動。子どものスポーツからプロスポーツまでを独自の視点で取材。主な著書に『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、章担当『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。