後編はこちら

オリンピックのスポンサー一覧の先頭にコカ・コーラ社が並んでいる理由とは?

約130年前、ジョン・S・ペンバートン博士によって誕生した飲料「コカ・コーラ」は、今や200以上の国と地域で販売され、世界中の人々に最も愛されているブランドへと成長を遂げた。その大きな要因の一つに、1928年の第9回アムステルダム大会よりオリンピックとの関係が始まったことが挙げられる。

当時のことを、日本コカ・コーラ株式会社でマーケティング本部 マーケティング・アセッツ部長(取材当時)を務める渡邉和史氏はこのように話す。

「当時、アメリカではすでに爆発的な売り上げを記録しており、さらに海外にも展開していこうという時期でした。オリンピックという国際的なスポーツイベントが、ブランド認知の向上に寄与できるものだと着目したわけです。コカ・コーラ社のスポーツマーケティングは、他社に先駆けること今から約90年も前に始まっていたのです」(渡邉氏)

オリンピックのスポンサー一覧を見ると、世界に名だたる大企業のロゴがアルファベット順に並んでいる。だがコカ・コーラ社のロゴだけは、アルファベット順に関係なく必ず先頭に置かれている。これだけでも、いかにIOC(国際オリンピック委員会)がコカ・コーラ社に対して敬意を表しているかが分かるだろう。

マーケティングで最も重要なことは、消費者に「共感」を持ってもらうこと

コカ・コーラ社のマーケティング・ミッション、それは、「1本でも多くのコカ・コーラ社製品を通じて消費者の生活に潤いとさわやかなひとときを届ける」ことだ。

当たり前の話ではあるが、企業がスポーツのスポンサーシップを行う目的は、スポーツを支援することではない。ブランドイメージの向上や商品のプロモーションなど、自社のビジネス上の目標達成や課題解決のために行う“投資”の一つだ(その先に“スポーツへの支援”がある)。投資であるからには、その“リターン”を最大化することが求められる。その上で最も大事になるのが、スポンサーシップの目的を明確にすることだ。

「私たちコカ・コーラ社がスポンサーシップを行う目的は、全てビジネスのためです。消費者の方々に、いかにしてコカ・コーラ社のブランドに手を伸ばしてもらうか。そのために最も重要になるのが『共感』です。スポンサーシップを通じて、消費者の『共感』を生み出そうとしているのです」(渡邉氏)

その実現のためにコカ・コーラ社で行っているマーケティング手法が、IMC(Integrated Marketing Communications)だ。

今や消費者と企業のタッチポイントは多様化しているが、それらを個別単体で考えるのではなく、全てのタッチポイントを掛け算して消費者とコミュニケーションを取ることで、ブランドメッセージを伝えていこうという考え方だ。TV-CMやプロモーション活動、街中で配られるサンプリング、好きなタレントのポスター広告、コンビニで見たパッケージデザイン、SNSの投稿、こうした消費者とのタッチポイントが同じコンセプトの下でシームレスにつながっていないと、消費者に伝わるメッセージがぶれてしまう。あらゆるタッチポイントを生かしながら、消費者のマインドにブランドメッセージを浸透させていこうというのが、基本的なIMCの考え方になる。このIMC自体はコカ・コーラ社独自のものではなく、一般的にも使われるマーケティング手法だが、コカ・コーラ社ではこれを徹底して追求しているのだ。

スポンサーになったら、その5倍の予算を用意しないと意味が無い

Getty Images

渡邉氏はこのIMCチームの中で、マーケティングに活用する資産を管理する部門「マーケティング・アセッツ」に従事している(取材当時)。オリンピックやFIFA ワールドカップといったスポーツイベント、アスリート、ミュージシャンといったアセットを、ブランドごとのコミュニケーション戦略の中に具体的にどう落とし込めば、消費者の共感を生み出し、売り上げにつながっていくのかを考えるのが仕事だ。

例えば、コカ・コーラ社では2016年6月から競泳の今井月(るな)選手とパートナーシップ契約を結んでいるが、「コカ・コーラ」や「アクエリアス」といった製品ごとに結成されているブランドチームでは何をやりたいのか、今井選手はこの先自分が何をやらなければならないのか、4~5年先まで見据えた上で、お互いのビジネスにつながっていくように考えて契約しているという。

「マーケティング・アセッツの最大のミッションは、ブランドチームのIMC活動を支え、彼らが必要としている時にすぐにアセットを提供できるよう準備しておくことです。そのためには当然、全ての契約内容を把握しておく必要があります。オリンピックやFIFA ワールドカップでは何ができるのか、どのアスリートには何をしてもらえるのか、それらをどう組み合わせることができるのか。あくまでも例え話として、FIFA ワールドカップ ロシアのトロフィーツアーを日本コカ・コーラ所属の北島康介さんに帯同してもらったり、東京2020オリンピックの聖火リレーを今井選手に一緒に走ってもらったりなど、ブランドチームがキャンペーンを仕掛けられるような準備を常にしているのです」(渡邉氏)

マーケティング・アセッツが掲げている中長期的な戦略は、以下の3つだ。
 1.一般的なスポンサーシップで求められるようなブランド露出ではなく、あくまでも消費者が求め、共感する価値を提供すること
 2.他社と同じことをせず、イノベーティブであること。常に新しいことへのパイオニアであり続けること
 3.全国のボトリング会社も含め日本のコカ・コーラビジネスに従事する社員2万3000人一丸となって、アセットの価値を引き出していく土壌をつくること

また、これらの中長期的戦略を支える基本哲学も徹底している。

1つ目は、「保有しているアセットは常にベストな状態で生かすこと」だ。アセットを最大限に活用していくために、少し露出が落ちてきたと感じればコカ・コーラ社側から積極的に露出させていくことで、アセットの新鮮さを保っている。

2つ目は、「必要なものを買い、買ったものは使うこと」だ。コカ・コーラ社には「1:5の理念」と呼ぶここにはコカ・コーラ社ならではの考え方があると渡邉氏は話す。

「私たちコカ・コーラ社では『1:5の理念』と呼んでいますが、例えば1億円で買ったアセットには、5億円のアクティベーション費用をかけています。スポンサーシップで失敗する企業にありがちなのが、買って満足してしまっていることです。名門のゴルフ場の会員権を買ったところで、行って使わないと意味がありませんよね? 私たちのリサーチでは、買った金額の5倍の予算を投下してアクティベーションに使わないと、ブランドが消費者に十分に浸透しないというデータが出ています。ですので、アセットを買う時には必ずその5倍の予算を用意するということを意識しています」(渡邉氏)

3つ目は、「アセットの使用率はOESP順に高めること」だ。これは何を意味しているのだろうか。

「“O”のオウンドメディア(Owned media)は、コカ・コーラ社のHPはもちろん、自動販売機や配送車など、自社でコントロールが利くメディアのことです。“E”のアーンドメディア(Earned media)は新聞、雑誌、TV、オンラインなど多岐にわたるメディアで取材していただくことによる情報発信を指し、“S”のシェアードメディア(Shared media)は、SNSなど、ユーザーが情報を共有することで広めることができるメディア。最後、“P”のペイドメディア(Paid media)は、広告費を使ってテレビや新聞などのメディアに出稿することを指しています。アセットをより効果的に活用していくために、できるだけ自分たちでコントロールできるメディア、つまりOESP順にアセットを利用することを優先しています」(渡邉氏)

4つ目は、「パートナーとの関係保持と直リンクの徹底」だ。エージェンシーを通さず、パートナーと直接コンタクトを取ることを徹底しているという。これにはメリットが2つあると渡邉氏は説明する。

「一つはエージェント費用が不要になるので、その分をアクティベーションに使うことができるという点。もう一つは、私たちの意図がパートナーにダイレクトかつスピーディーに伝わりやすいという点です。人づてになるとどうしてもコミュニケーションロスが起きてしまうので、お互いにとってその方が良いと考えています」(渡邉氏)

最後は、「ローカルのボトラー社との連携を深めること」だ。日本のコカ・コーラシステム(※)では、日本コカ・コーラが製品の企画開発・広告宣伝・マーケティングや原液の供給を担い、全国に展開するボトラー社が製品の製造・販売を行っている。実際に消費者の空気感や声を肌で感じているボトラー社の声を拾い上げることで、現場で喜んでもらえるアセットを提供し、それによっていかに販売につなげていくかを大事にしているという。


ここまでは、主にコカ・コーラ社のマーケティング戦略について、渡邉氏に話を伺った。次回はより具体的に、コカ・コーラ社がオリンピックのワールドワイドパートナーとして、東京2020オリンピックに向け、特に力を入れている2つのプロジェクトについて話を聞く。

(※編集部注 コカ・コーラシステム:コカ・コーラシステムは、ザ コカ・コーラ カンパニーの日本法人で、原液の供給と製品の企画開発を行う日本コカ・コーラと、全国5社のボトリング会社および4社の関連会社などで構成)


<後編へ続く>

コカ・コーラ社は、東京五輪後にどんなレガシーを残すのか?(後編)

東京2020オリンピックまであと3年。この世紀の祭典に向け、企業はこれから何をすべきなのか。オリンピックのワールドワイドパートナーやFIFA(国際サッカー連盟)パートナーとしてスポンサーシップを活用し、確固たるブランドを築き上げてきたコカ・コーラ社。その徹底した独自のマーケティング理論の後編となる今回は、より具体的に、東京2020オリンピックに向けて、特に力を入れている2つのプロジェクトについて話を聞いた。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
これぞ究極のスポーツ産業! 高まり続けるスーパーボウルの商業的価値なぜ日ハムは新球場を建設するのか? 壮大なボールパーク構想の全貌新国立競技場の建築に携わる梓設計の「未来のスタジアム」[特別対談]川淵三郎×池田純 スポーツエンターテイメントの経営と未来(C)COCA-COLA(JAPAN)COMPANY,LIMITED

【プロフィール】
渡邉和史(わたなべ・かずふみ)
日本コカ・コーラ株式会社 マーケティング本部マーケティング・アセッツ部長
1974年生まれ、カリフォルニア州サンディエゴ出身。高校卒業までアメリカと日本を行き来し、上智大学へ入学。卒業後、博報堂に入社。南米のサッカーの大会のマーケティングを代理店の立場として従事。2002年のFIFAワールドカップはFIFAマーケティングに在籍し、連盟側としてスポーツコンテンツを体験する。2011年からは日本コカ・コーラにてスポンサー側としてFIFA・オリンピック・選手契約等の部署を統括し、全立場からスポーツマーケティングを把握している存在である。(記事中の役職は取材当時のものです)

渡邉和史氏も登場する書籍、『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版/編)。
スポーツビジネス界の最前線で活躍するトップランナーたちが、現在自身が携わっているスポーツビジネスについて具体的な事例とともに解説するだけではなく、「ドリームジョブ」とも呼ばれるスポーツの仕事にどのようにしてたどり着いたのかを語り尽くしている。
これからスポーツビジネスを志そうとしている方に向けた、まさにスポーツビジネスのバイブルとなる一冊。

『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』の購入はこちらから

野口学

約10年にわたり経営コンサルティング業界に従事した後、スポーツの世界へ。月刊サッカーマガジンZONE編集者を経て、現在は主にスポーツビジネスの取材・執筆・編集を手掛ける。「スポーツの持つチカラでより多くの人がより幸せになれる世の中に」を理念とし、スポーツの“価値”を高めるため、ライター/編集者の枠にとらわれずに活動中。書籍『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版)構成。元『VICTORY』編集者。