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コカ・コーラ社で世界の舞台で活躍する若手アスリートを育てていく

日本コカ・コーラ社が東京2020オリンピックに向けて推進しているプロジェクトの1つ目、それは「コカ・コーラスポーツクラブ(コカ・コーラS.C.)」だ。

日本の若手アスリートがオリンピックなど世界の舞台で活躍できるように、身体面から精神面まで全面的にサポートすることを目的に日本コカ・コーラ社が立ち上げたチームで、テクニカルダイレクターには2016年に現役を引退した北島康介氏が務めている。この背景について、同社でマーケティング本部 マーケティング・アセッツ部長(取材当時)を務める渡邉和史氏はこのように話す。

「北島さんは2005年以来、日本コカ・コーラの所属アスリートとして活躍してきました。現在は『コカ・コーラ チーフオリンピック担当オフィサー』として、私たちと一緒にオリンピックムーブメントを推進し、社内外におけるアンバサダーとして尽力してもらっています。またその一方で、この「コカ・コーラS.C.」ではメンターのような役割、例えば、世界の舞台で活躍するためにはどんなことに取り組めばいいのか、どんな準備が必要なのかといったようなアドバイスをするなど、若手アスリートたちを引っ張っていく役割を担ってほしいと考えています」

現在「コカ・コーラS.C.」には、リオ大会にも出場した競泳の今井月(るな)選手、東京2020オリンピックから追加種目として採用されたスポーツクライミングで世界トップの実力を持つ白石阿島(あしま)選手、同じく追加種目であるスケートボードで次世代のホープとして注目されている西村詞音(ことね)選手、西村碧莉(あおり)選手の4名が所属している。いずれも10代の若手アスリートで、“これから”の選手だ。契約アスリートを選ぶ際に見る基準を、渡邉氏はこう説明してくれた。

「ポイントは3つ。1つ目は、これまで何度も出ている『共感』です(前編参照)。コカ・コーラ社が重視する消費者層のティーン世代と同年代のアスリートが頑張っている姿を見て、『カッコイイ!』『応援したい!』『あの人みたいになりたい!』といった、憧れの気持ちを抱かれるようなアイコンになれることです。

 2つ目は、『育成』です。アスリートとしての力があり、将来的には北島(康介)さんのように日本コカ・コーラ所属のアスリートを引っ張っていける存在になってもらえるかどうかという点です。

 3つ目は、コカ・コーラ社のコーポレートブランドイメージとの『同一化』です。東京2020オリンピックのパートナー企業には、ワールドワイドパートナーから、ゴールドパートナー、オフィシャルパートナーまで合わせて56社あります(2017年8月現在)。これだけの企業が2020年に向けて相当量のキャンペーンを仕掛けていきます。そうすると当然アスリートとの契約も取り合いになってくるわけです。当社ではかつてゴルフの石川遼選手とスポンサー契約を結んでいて、『石川遼=アクエリアス』というイメージにしていきたいと考えていました。そのような中で、彼には最大で26社ものスポンサーがついた。そうなると、消費者の石川選手に対する印象が多様化することは避けられません。ブランドの視点で見ると、『アクエリアス』との結び付きの変化を意味することにもなります。つまり、そのアスリートを見ればコカ・コーラ社のブランドを想起させられるかどうか、といったことも重要なポイントになります」

今後はさらに6~8人くらいまで契約アスリートを増やし、若手アスリートならではの積極的な意見交換や交流をもって、東京2020オリンピックに向けたムーブメントを推進していきたいという。

オリンピックを通じて「ビジネスレガシー」を生み出す その意味とは?

プロジェクトの2つ目は、「Olympic Moves(オリンピックムーブス)」だ。このオリンピックムーブスを考察する際のキーワードに、渡邉氏は「レガシー」を挙げる。

「昨今、東京2020オリンピック後にどんなレガシーを残すかといった議論が活発になされていますが、当然、コカ・コーラ社としても、東京2020オリンピックとのアソシエーションやアクティベーションを通じてビジネスレガシーを生み出していきたいと考えています」

これまでにもコカ・コーラ社では、オリンピックを通じて同社にとってのビジネスレガシーを生み出すことに注力してきた。例えば、2012年ロンドン大会で、コカ・コーラ社は飲料ボトルのリサイクルを推進した。聖火リレーと一緒にリサイクル専用のハイブリット車を走行させ、「Move to the Beat」と題して音楽に乗りながらリサイクルを行うというキャンペーンを展開。5万人以上の人々がリサイクル活動に参加し、1000万本ものボトルをリサイクルした。ロンドン大会は「オリンピック史上最大のサステナビリティー施策を取る」という目標を持って開催され、オリンピックを通じてイギリス国民のリサイクルに対する意識改革を行った。これにより、コカ・コーラ社がサステナビリティーの実現に対して非常に先進的だという地位を確立することができたのだった。

また2016年リオ大会では、環境負荷低減、健康的な生活習慣の推進、社会の多様性をテーマに立てて、さまざまな取り組みを行った。製品面では大型容器が主流であったブラジルの市場に小型容器を導入することにより、消費者の嗜好や飲用シーン、ライフスタイルに合わせて製品を選べるよう、選択肢の柔軟性を強化。社会の多様性の面では、大会期間を通じて地元の若者や経済的に弱い立場にある女性を積極的にコカ・コーラ社の施設運営スタッフとして採用することにより、雇用を創出したという事例もある。

「どちらもオリンピックがあったからこそ達成することのできた長期的なビジネス利益だといえるでしょう。それこそがコカ・コーラ社にとってのビジネスレガシーなのです。このように、現在取り組んでいる『オリンピックムーブス』も、コカ・コーラ社にとってビジネスレガシーを残すための施策として力を入れています」(渡邉氏)

では、「オリンピックムーブス」とは具体的にどんなプログラムなのだろうか。

今、世界中の国々で、若年層の運動する機会が不足しているという問題を抱えている。「オリンピックムーブス」はこうした問題を解消するために、2003年にオランダで始まったプログラムで、現在コカ・コーラ社とIOC(国際オリンピック委員会)が共同で世界的に展開している。中学生・高校生がオリンピックと同じ競技で地方予選を行い、年に一度全国大会を戦う、いわば甲子園のオリンピック競技版といえるだろう。実施国ではすでにスポーツの祭典として認知されており、世界的なムーブメントとなっている。

「東京2020オリンピックを控えているということもあり、この『オリンピックムーブス』を日本でも実施するよう本社(アメリカ)から要請がありました。そこで私たちは早速、日本の中学生年代のスポーツ環境を調査したところ、注目すべき結果が表れたのです」(渡邉氏)

2015年にスポーツ庁によって実施された「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によると、1週間の総運動時間が60分未満の生徒が、男子で7.1%、女子に至っては21.0%にも及んでいる。スポーツを好きな生徒は部活動や地域のクラブで自らスポーツをするが、スポーツに苦手意識のある生徒は運動する習慣が極端に少なく、体力的にも大きな差があるという状況が浮き彫りになったのだ。

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スポーツの苦手な子どもたちに体を動かす楽しさを感じてもらいたい

「当初、本社からは、世界で展開している内容で『オリンピックムーブス』を実施するよう求められたのですが、日本ではうまくいかないと感じました。運動を苦手にしている生徒は“ガチ”でスポーツをやることに対して劣等感や拒否反応があり、そのままやってもそういった生徒たちを置き去りにしてしまう。そこで私たちが目を付けたのが、昨今人気の出ている“ゆる”スポーツです」(渡邉氏)

日本版オリンピックムーブスで実施しているのは、「バブルサッカー」「イモムシラグビー」「ベビーバスケットボール」「スピードリフティング」「100cm走」の5つ。バブルサッカーはバブル(泡)をイメージした透明な球体の中に入ってプレーし、イモムシラグビーはイモムシのようなウェアを着けて這ったり転がったりしながらプレーする。ベビーバスケットボールは衝撃が加わると赤ちゃんのように泣き出すボールを使用するため、スピードやパワーは逆効果となり、膝を使いながらそっとパスを回していく必要があり、スピードリフティングは軽くて磁石でつながっている5本1セットのバーベルを5人一組となって上げ下げするルールで、腕力は関係なく全員で息を合わせることが肝になっている。100cm 走は100cmをいかに遅くゴールするかを競うものだ。

「いずれも運動経験や身体能力に関係なく、誰もが仲良く、互角の勝負を楽しめる競技となっています。こうした“ゆる”スポーツを提供することによって、運動に対する劣等感や拒否反応を取り払い、運動する機会を持ってもらおうと考えたのです」

2015年11月、福島県相馬郡の新地町立尚英中学校で開催したのを皮切りに、すでに数多くの中学校でオリンピックムーブスを実施してきた。そこで目にした光景が、渡邉氏は忘れられないという。

「みんな本当に笑顔になります。初めて見る競技や道具に最初はとまどいながらも、やっているうちに徐々に表情がほぐれていって、最後には思いっ切り体を動かして笑顔になる。それを見ている先生たちもまた笑顔に…。この光景には本当に心を打たれました。

 このプログラムを活用して、東京2020オリンピックに向けた期待感や盛り上がりを醸成していきたいと考えています。また、一過性のイベントで終わらせるのではなく、2020年以降も持続していき、体を動かす楽しさを知ってもらって、健康的な毎日を過ごしていけるようなムーブメントを巻き起こしていきたいですね」

まずは東京都23区と26市で必ず1校は網羅して、少しずつ裾野を広げていきながら、2020年から2021年ごろには全国に展開していく予定だ。「僕の中学校にもオリンピックがやってきた!」と、ティーン世代がスポーツに夢中になるきっかけとして、子どもたちの運動不足の解消や、東京2020オリンピックに向けた機運を盛り上げていきたいと渡邉氏は目を輝かせた。

一方で、「オリンピックムーブス」のビジネスレガシーについても考えている。中学生年代への「コカ・コーラ社ブランドの浸透」だ。

「イベント中には、運動して汗をかいた生徒たちにコカ・コーラやアクエリアスといったコカ・コーラ社の製品で喉を潤してもらい、イベント終了後にはコカ・コーラのTシャツをプレゼントしています。また、コカ・コーラ社のロゴが入ったバブルの球体やイモムシのウェアといった競技キットを寄贈するので、昼休みや体育祭に使ってもらえば、楽しかった思い出とともにコカ・コーラ社のブランドを思い出してもらえるでしょう。ブランドに対するロイヤルティーの向上、それによるライフタイムバリューの上昇、これが私たちの考えるコカ・コーラ社にとってのビジネスレガシーです。長期的な目で見た時、オリンピックムーブスはコカ・コーラ社にとって多大な利益をもたらしてくれることは間違いないでしょう」(渡邉氏)

(C)COCA-COLA(JAPAN)COMPANY,LIMITED

スポーツマーケティングは特別なものではない

東京2020オリンピックまであと3年。この世紀の祭典に対して、企業としてどう向き合うのか、コカ・コーラ社の事例からは数多くの学びを得ることができるだろう。目的を明確化し、そこに向けたロードマップをつくる。いかにしてアセットをつなぎ合わせ、どのようなストーリーを描くことで、消費者にどのようなメッセージを伝えていくのか。最後に、渡邊氏はマーケティングの担当者としてのこだわりをこう話してくれた。

「世の中ではよくスポーツマーケティングという言葉が独り歩きしているように感じますが、スポーツマーケティングは特別なものではありません。ただ単にマーケティングの素材がスポーツというだけで、マーケティングであることに変わりはないのです。ただスポーツやアスリートの協賛をするということではなく、当然結果を出していかなければなりません。

 1本でも多くのコカ・コーラ社製品を通じて消費者にさわやかさと楽しいひとときを届けていくこと。そのために、スポーツを含めてさまざまなアセットを活用し、より多くの人たちの共感を得て、コカ・コーラ社のブランドを愛してもらう。そこにこだわっていきたいと考えています」


<了>

前編はこちら

「スポーツの支援が目的ではない」|なぜコカ・コーラ社は90年間もオリンピックのスポンサーを続けているのか?~前編~

東京2020オリンピックまであと3年。スポンサー収入がオリンピック史上最高額になるといわれているように、非常に多くの企業がこの祭典に期待を寄せ、ビジネスチャンスと捉えていることが分かる。だが同時に、スポンサー契約を結んだまではいいものの、そこから具体的にどうしたらいいのか分からないという声も聞かれる。そこで今回は、オリンピックのワールドワイドパートナーやFIFA(国際サッカー連盟)パートナーを務めるコカ・コーラ社が、いかにしてスポンサーシップを活用し、確固たるブランドを築き上げているのか、そのスポーツマーケティングの極意・前編をお届けする。(編集部注:記事中の役職は取材当時のものです)

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【プロフィール】
渡邉和史(わたなべ・かずふみ)
日本コカ・コーラ株式会社 マーケティング本部マーケティング・アセッツ部長
1974年生まれ、カリフォルニア州サンディエゴ出身。高校卒業までアメリカと日本を行き来し、上智大学へ入学。卒業後、博報堂に入社。南米のサッカーの大会のマーケティングを代理店の立場として従事。2002年のFIFAワールドカップはFIFAマーケティングに在籍し、連盟側としてスポーツコンテンツを体験する。2011年からは日本コカ・コーラにてスポンサー側としてFIFA・オリンピック・選手契約等の部署を統括し、全立場からスポーツマーケティングを把握している存在である。(記事中の役職は取材当時のものです)

渡邉和史氏も登場する書籍、『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版/編)。
スポーツビジネス界の最前線で活躍するトップランナーたちが、現在自身が携わっているスポーツビジネスについて具体的な事例とともに解説するだけではなく、「ドリームジョブ」とも呼ばれるスポーツの仕事にどのようにしてたどり着いたのかを語り尽くしている。
これからスポーツビジネスを志そうとしている方に向けた、まさにスポーツビジネスのバイブルとなる一冊。

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野口学

約10年にわたり経営コンサルティング業界に従事した後、スポーツの世界へ。月刊サッカーマガジンZONE編集者を経て、現在は主にスポーツビジネスの取材・執筆・編集を手掛ける。「スポーツの持つチカラでより多くの人がより幸せになれる世の中に」を理念とし、スポーツの“価値”を高めるため、ライター/編集者の枠にとらわれずに活動中。書籍『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版)構成。元『VICTORY』編集者。