「ヒット無しでどうやって点を取りますか?」

石井コーチは同15年オフ、守備・走塁コーチから打撃コーチに転身、秋・春のキャンプを通して間もなく行った打撃改革は、“脳トレ”と実技・実践の繰り返しだった。

まずは脳トレ。つまり、意識改革だ。

「とにかく『1点をもぎ取る』をテーマに秋(のキャンプ)からやってきました。3割(ヒットや本塁打などの“成功打”)だけで1点を取りにいくのではなくて、一つの凡打、失敗でもいかにランナーを進めるかというところから考えなさい」(石井コーチ)と、選手の意識と目線を変えた。

「失策でも出塁できればいい。打率0割でも出塁率が高ければ構わない。それで打線がつながっていく」

それが相手に重圧を与えることにもなるという考えだ。

考えるためには問いかけが要る。そのために「お題を出すんです。例えば、『無死三塁の状況で、ヒット無しでどうやって点を取りますか?』と」。

状況に応じた打席での役割を理解すること、選手に意識の幅を広げることが目標だ。

実技・実践では、まず土台づくりとして一日800~1000スイングを選手に課し、振る力をつけさせた。しかし、ただひたすらに振るだけではしんどい。そこで例えば、インサイドアウトのスイングを体に覚え込ませるための練習として、フェンスに沿って素振りしながら球場を周回する練習や、動体視力の強化を目的にトスバッティングの構えで正面から投げられる“お絵かきボール”に書かれた文字・数字を読み取り、声に出すユニークな練習を取り入れるなどの工夫と遊びも織り交ぜて、選手の集中力と持続力をサポートした。

強化ポイントごとに練習用バットも複数のタイプを揃えた。例えばロングティーではヘッドスピードをより意識させるためにノックバットを使ってライナー性の打球を打たせたり、特注の極細バットでミートポイントを確認しながら外野に飛ばす。あるいはネットのスポットに打ち込むメニューや連続してティー打撃を行なう“連ティー”でバットを振るスタミナをつけた。練習では「球を打つ」以外の打撃練習で、選手は手袋を着用させないのも石井流だ。理由は「(素手は)感覚をつかむことができる。グリップが利かないぶん握力が必要になるから」だ。

こうして頭と体で行った打撃改革は、翌16年シーズンの開幕と同時にアッという間に花を咲かせ、セ界を震撼させたのだ。この年のチーム打率.272、684得点、1338安打、153本塁打、649打点、長打率.421、出塁率.343はいずれもリーグ1位。得点圏打率もリーグ2位の.264と前年から3分1厘の上乗せに成功。そして2連覇を達成した17年シーズンは打率.273、736得点、1329安打、152本塁打、705打点、長打率.424、出塁率.345は前年同様すべてリーグトップの数字である。得点圏打率は“ほぼほぼ3割”の.294という高打率でリーグ1位。2年連続してこれだけの数字と成績を挙げているのだから、文句の付け所がない。

お家芸を取り戻し、進化させた河田コーチ

その石井コーチが「野球で一番難しいのは走塁で、そういう走塁を絡めた攻撃ができているのがカープ」と胸を張る機動力を蘇らせたのが河田コーチだ。15年秋、同コーチが広島に復帰した時の言葉を回想する。

「僕たちが現役だった頃のように、とにかく積極的に走っていく野球を取り戻したい。少々際どいタイミングでも突っ込ませますよ。カープは何をやってくるかわからないと、敵にそう思わせたいから」

河田コーチの思惑を後押しするかのように、16年からコリジョンルール(衝突ルール)が採用され、走塁改革は一気に加速した。

その象徴ともいえるのが、16年6月14日西武戦での「史上初のコリジョン・サヨナラ」勝ちだ。2対2の同点で迎えた9回裏、2死一・二塁の場面で赤松真人が放った打球はセンター前へ抜けると二塁から菊池涼介が本塁へ一気に突入。判定は「アウト」になったが、西武・秋山翔吾のバックホームが三塁寄りに逸れたことで捕手の上本達之が走路を塞いだと見た緒方孝市監督は「コリジョン、コリジョン!」と言いながら猛アピール。検証の結果、史上初の「コリジョン・サヨナラ」が成立したのだ。これは単なる1プレーではなく、コリジョンルール採用によって「野球が変わる」(緒方監督)と、河田コーチを中心にキャンプ時から対策を練り、実行したチーム方針の一貫で、その後も同コーチは際どいタイミングはブルンブルンと腕を回し、1点をもぎ取っていった。

広島の超積極走塁は17年になるとさらに磨きがかかる。

例えば7月26日の巨人戦。4対0とリードで迎えた5回2死一塁で走者は菊池。この場面で鈴木誠也の放った打球は二塁手マギーがはじいて打球は二塁ベース後方を転々。この時カバーに回った遊撃の坂本勇人と中堅の陽岱鋼がもたつく間に菊池は一気にホームを陥れたのだ。「あのプレーでホームインしたのは初めて見ました」とは解説者の山本昌氏の談だ。河田コーチも「昨年からやっていることを今年も継続できている。一つ、二つ先(の塁)という意識でやれば点は入る」と手応えを口にしている。

また8月3日の阪神戦では9回裏で得点は3対5のビハインド、1死一・三塁の場面。カウント3-2の場面で西川龍馬が放った打球は中堅右へ。スタートを切っていた一塁走者の野間峻祥は一気に本塁を陥れて同点。積極的すぎる走塁で、敗色濃厚な試合を結局延長12回引き分けに持ち込んでいる。

既に根付いた両コーチの“イズム”

その野間は今季、胃がんからの復活を目指す赤松に代わる代走の切り札として10盗塁を決めているが、広島は他にも、菊池、丸佳浩、安部友裕、田中広輔の4選手が2桁盗塁をマークするなど、チームの盗塁数112は2年連続でリーグ1位。河田コーチ就任前の15年シーズンがリーグ4位の80盗塁だから、その上昇カーブは右肩上がりである。

なかでも河田イズムと技術を体得したのが田中だろう。

田中は昨年リーグ2位の28盗塁を決めたものの、一方で盗塁死は19を数えた。成功率を上げるために河田コーチは「腹筋を使って一歩目を強くする」ことを目標に掲げ、ゴムチューブを腰に巻いて負荷をかけ、低い姿勢から一気にトップスピードに乗せる練習法を導入。シーズン中も継続して行った。結果、田中は今季35盗塁を決め、盗塁王のタイトルを獲得。盗塁死は13。成功率は16年の.596を大幅に上回る.721を記録した。

チーム全体の盗塁成功率も、15年が.617、16年は.702、そして今季は.747という数字だ。

迷いを軽減し、思い切りの良さと躍動感が生まれた

もう一つ。河田コーチは積極的で攻撃的な姿勢を守備面にも求め、それを選手に実践させた。

その象徴的な場面が5月17日DeNA戦にあった。同点で迎えた9回表、1死一・二塁の場面でDeNAの宮崎敏郎が放った右翼前方への打球に対して鈴木誠也はチャージをかけるも後逸、これが2点適時打となりチームは敗れた。しかし河田コーチは試合後に「俺は“捕れると思ったら突っ込め”という教え方をしている。絶対に逸らしてはいけないという人もいると思う。でも俺は(考え方を)曲げない。ドンピシャで取れば投手も救える」とコメント。自身の考えに基づいた指導と練習の積み重ねが選手から迷いを軽減させ、それがやがては思い切りの良さとなり、躍動感を与えるのだ。

石井コーチも言う。

「失敗を恐れず、自分を信じて打て!」

わずか半年足らずで成果を出し、単年のみならず、2年続けて結果に表れた両コーチの教え。

今年限りで2人はユニフォームを脱ぐことになったのは痛手であることに間違いないが、成長と結果を同時に進行させた濃密な2年間は、そう簡単に消え失せるものではないだろう。

今季飛躍を遂げた2年目の西川はこう言い切る。

「来年もやり方を変えようとは思わないし、変える必要もない。(両コーチに)教わったことを来年できれば、成長したと思ってもらえる」

石井コーチに大きな影響を受けた朝山二軍打撃コーチらが手塩にかけて指導している二軍の選手たちも、着実に成長の階段を上っている。その代表格が今季、衝撃デビューを果たしたバティスタだ。同じくカープアカデミーから今年支配下登録を勝ち取ったメヒアも二軍で打率(.331)と打点王(77打点)の二冠王を獲得した。他にもウエスタンの打率2位は高卒ルーキーの坂倉将吾(打率.298)、3位は庄司隼人(.294)、そして4位は高橋大樹(.288)と広島の選手が上位を独占。イズムを受け継ぐ若鯉は、次々と芽吹いている。

<了>

広島を再生させた“脳トレ”と“走塁改革”。今季退団の石井・河田コーチの功績とは

なぜ誰もがマツダスタジアムに魅了されるのか? 設計に隠された驚きの7原則とは

2009年にオープンした広島東洋カープの新本拠地、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)。訪れた者なら誰もが魅了されるこの異空間は、日本のこれまでのスタジアムの概念を覆すようなアプローチによってつくられた。「スタジアム・アリーナを核としたまちづくり」が経済産業省を中心に進められるなど、今やスポーツの域を超えて大きな注目を浴びているスタジアム・アリーナ建設。今回、マツダスタジアムの設計に関わった株式会社スポーツファシリティ研究所代表取締役の上林功氏が、同スタジアムに隠された知られざる特徴と、未来のスタジアム・アリーナ建設のヒントを明かした――。(取材・文=野口学)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

カープ女子の、ガチすぎる愛情。優勝の1日を振り返る

「カープ女子」という言葉が世間を賑わせるそのはるか前から、一途で筋金入りのカープファンだった、古田ちさこさん。広島カープが37年ぶりの連覇を決めた9月18日。彼女はこの記念すべき1日を、どのようにして迎え、過ごしたのでしょうか? 決して派手とはいえなくとも、純粋な愛情に満ち溢れていた1日を振り返ります――。(文=野口学)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
プロ野球、本当に成功しているのはどの球団? セ・リーグ編元選手の広報担当・小松剛氏に聞く カープ 猛練習の本質カープの勝敗と商売をめぐるファンとの駆け引き

小林雄二

1968年生まれ。広島県出身。広告代理店、プレジャーボート専門誌の雑誌社勤務後、フリーの編集・ライターとして活動。野球、マリンスポーツ、相撲をはじめ、受験情報誌や鉄道誌など幅広い分野で編集・執筆活動を行なっている。