「仮説を立てろ」はウソ! データ分析のプロはこう見る 西内啓×久永啓

近年、スポーツの世界でもデータの利活用が大きく進んだ。一方で、データを上手く生かしきれない現場もまだまだ多い。日本のサッカー界における現状はどのようなものか、データスタジアム株式会社アナリスト・久永啓氏が、ベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者である西内啓氏に話を訊いた。(文:仲本兼進)

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分析を駆使し、筑波大がJクラブに3連勝

久永 私が去年登壇したSAJ(スポーツアナリティクスジャパン)では、「ジャイアント・キリングに必要なアナリティクス」をテーマに、筑波大蹴球部の分析チームの取り組みについて取り上げました。その分析チームの学生にも一緒に出てもらった、サッカー界の分析に関する成功事例として当時ホットな話題だったと思います。

この話がなぜすごいかというと、筑波大蹴球部に所属する大学生が組織的に分析を行ないY.S.C.C.横浜、ベガルタ仙台、アビスパ福岡といったJクラブ連破に繋がったこと。データもきちんと取り、分析結果を取り入れた、つまり偶然の結果ではないこと。小井土正亮監督(筑波大蹴球部監督)からも「SAJを聞いて、興味持ってくださった方も多くいらっしゃる」という話を伺っています。

西内 おそらく、小井土監督がマネーボールでいうビリー・ビーンのようなGM役を果たしていることが大きいと思いますね。これが単に外部の専門家を呼んでいたというだけの話だったら、うまくいかなかったのでは。データが扱えるというだけではなく、監督の指導のもとサッカー部員がデータを解析したというのがポイントですね。
 
普段一緒に練習している人たち自身が、分析している。監督の意図も、サッカーが何かということも当然分かっている。小井土監督にとっては、受け入れやすい提案になりやすいですし、現場と分析者のコミュニケーションがスムーズなため「あいつが頑張ってくれたんだからちゃんと聞こう」みたいな意識も働くと思います。チームをよく分かっていない専門家より、内情を知っている部員が集中的にやることに大きな意味があったんじゃないかなと。

久永 将来的にデータ分析は職業としても大事になってくると思うんですが、こうした人材を育成することはどのように考えていますか?

西内 大学をうまく使ったほうがいいと思います。データ分析のノウハウというのは授業で体系的に教えにくい側面も多々ありますが、一人前の分析者になろうとするとまず自分が手を動かしてみた上で、「分析してこういう結果になったんですけどこの解釈であってますか」とか「こういうことしたいんですけどどんな手法を使った方がいいですか」という個別の質問を、良い指導者とどれぐらいの頻度でコミュニケーションできるかがすごく大事です。

筑波大なら、良い専門家も絶対にいるはず。統計学、機械学習の先生や、自分の研究でデータ分析を行なっている社会科学やスポーツ科学の先生だとか。大御所の教授となるとアポをとるのが結構大変になることもありますが、サッカー好きな若手の助教・准教授だってたくさんいるはずです。

研究者にとって「どう解決すべきか困っていること」という問題意識や、実際に集められたデータは研究のネタになりえます。その両者をサッカー側から提供できるのであれば良い関係が築けるでしょう。大学のシラバスや学科のスタッフリストを見て、フットワーク軽く相談できる相手を探すといいと思います。

実際のところ、自分のデータ分析のスキルも、「良い師匠のもとで若い頃から大量の業務をこなした」ことに大きく支えられています。恩師は日本の医学界における統計解析の第一人者だったんですが、そうすると彼のところには日本中からデータ分析に関する様々な相談がきます。当然その量は恩師一人ではさばききれないほどですが、彼はこうした仕事を請け負うNPOを作って学生に業務を割り振るようになりました。

そんなわけで自分は21歳くらいの頃から毎月のように新しいデータ分析のお題とデータを頂いて、手を動かして教授のレビューやアドバイスを受ける、という経験を積ませて頂きました。これが教科書にも書きにくいような暗黙知を学ぶ上でとても重要で、今のオールラウンドなデータ分析スキルの土台になっています。

職人さんの世界では「下手くそに習うと、下手がうつる」っていう酷い格言があるらしいんですが(笑)、サッカーでもそうですよね。下手なコーチにフォームを直されるとガタガタになる。データ分析の世界でも、結構あることなんです。学生には「実データをちゃんと分析して、サッカーに関して興味がある良い指導者をメンターにせよ」と伝えたいです。

理想を言えば大学が組織的に、「この教員は何のスポーツが好きでこういう分析が得意」ということを整理し、体育会と連携することができれば先生たちも新鮮な研究テーマが見つかるし、学生も良い勉強ができるし、在学中にデータ分析の経験を積むことで就職も有利になるし、とできればいいと思います。

今では、Jクラブも全国にあります。地方だと、優秀な大学とそこで活動するクラブチームもお互いそれほど選択肢があるわけではありません。彼らは地域ぐるみでパートナーシップを組むことを、もっと進めたほうがいい。「このクラブのデータ分析は、この大学で」という話になると、コミュニケーションやつながりができて大きく発展するんじゃないかと思います。今のところまだ実現していませんが、口頭ベースではリーグの中で結構言い続けています。成功事例を作りたいですね。

久永 データスタジアムでもスポーツアナリスト育成講座をやっています。僕ともう1人Jクラブ経験者を中心にやっているんですが、大学生の受講生が多い中で彼らもどうやってスキルを身につければいいか分からないみたいで。うまく大学と組んで学べる環境を提供する必要はあるなと。小井土監督も「環境を作るのが我々の仕事だ」とおっしゃっていましたね。

西内 地方都市にも地域で教育の中核を担う私立大学がありますよね。そういう学校って意外に生徒を集めるために、結構お金を使っていたりするんです。進学情報の媒体に広告宣伝費をかけたり。だとすれば「ここに来たらサッカーの分析ができるよ」って打ち出し方を高校生に向けてグイグイやってもいいんじゃないかなと。

この大学であるチームを分析した結果、どのようなことがわかりどれぐらいの効果をもたらせたのか、そういった話をローカルの新聞とかテレビで取り上げてもらえば「そんなことができるんだ」「じゃあ地元の私立に進学しようかな」みたいな子がでてくると思います。せっかく生徒集めに予算を使っているのですから、地方の私大は少子化で大変らしいですけど、データ分析をきっかけにそういうケースが出てくればいいと思います。

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Bリーグチームと大学との産学連携によるメリット

久永 サッカーはまだ実例をあまり聞かないですが、Bリーグでは産学連携がされているところがあるんですよね。
 
西内 青山学院大学とサンロッカーズ渋谷が、協業を進めています。青学の体育館はサンロッカーズ渋谷がホームコートとして使用していることはご存じの方も多いかもしれません。われわれの会社ではデータ分析支援ツールを開発して販売しているんですが、サンロッカーズのオフィシャルスポンサーでもある日立グループが販売パートナーにも入っています。

ついでに話すと、青学の経営学部で統計学を教えている先生が知り合いで、その先生に「せっかくだから日立サンロッカーズ渋谷のデータ分析を、ゼミの課題でやってみませんか」と提案しました。短期間で本当にインテンシブな進め方でしたが、行動科学に基づいて「観戦しにくる人とそうじゃない人はどこが違うのか」という調査項目を学生に作らせて分析し、その分析結果からマーケティングプランを書かせるところまで既に終わっています。プランの中には即効性があるものも、来シーズンに向けて中長期的に仕込んでいくべきものもありますが、既にサンロッカーズ内部で共有され、いくつかの施策は実現に向けて動き始めています。

当初から「2月までに企画案を完成させてできれば3月までに企画の実行を」というスケジュールで進めてきましたが、なぜこの時期なのかというと、4月から就活が始まったときに面接やエントリーシートでアピールできるからです。データ分析ができる人材はどの会社も今足りなくて欲しいと言っている状況です。日立さんも、おそらくグループ全体で欲しいと思っているかもしれません。そういう点で、学生にも大きなメリットがあります。

青学も、私立なので学生集めにはイベントを行なったり媒体を使ったりしていますが、「青学に行けば、バスケの分析のマーケティングができる」「データ分析のスキルを身につけて良い会社に就職できる」というのは一つの魅力としてアピールできるはずです。

サンロッカーズ渋谷も十分にマーケティングのためのデータ分析ができる人材がいるわけではない小規模な組織ですから、学生からの提案も組織的に共有されやすい環境です。また学生自身でインタビュー調査からやらせれば、おじさんたちが考えても出てこなかった調査項目も結構出てくるんですね。学生さんたちで調査をかけるわけですから調査協力者もいっぱい集められますし、副次的な効果としては友達が頑張っている姿を見て「チームのことはわからないけど、友達が頑張っているから興味が出てきた」みたいなソーシャルネットワーク的な効果も期待できるんじゃないかなと。

スポンサーの日立さんにもメリットがあります。日立さんも他社からデータ分析を請け負うような仕事もしていてわれわれのツールを売ってくれているわけなんですけれど、サンロッカーズというPRバリューのあるところに投資をして、チームを学生の頑張りが支えているというストーリーができている。われわれもこのような事例が生まれる中で、日立と一緒のアライアンスを組んでいてビジネス的な広がりが見えてくるかもしれない。みんなそれぞれが良好の関係を実感しているからこそ、さきほど話したように大学のパートナーシップはいけそうだなという感触を持てた根拠でもあります。
 
――これだけみんなが得するフォーマットであれば、ほかの大学でも取り組んでほしいですね。
 
西内 横浜市立大学では、2018年4月にデータサイエンス学部を開講します。そこで授業してくれということはお願いされていて、カリキュラムを作っているときも、ビジネス側でどうったスキルが必要で、それをどう身につけるべきかについていろいろお話させて頂きました。学生が入ってきたら、例えば横浜Fマリノスのデータ分析をマーケティングや強化の部分で一緒にがっちり組んでやりましょうみたいな話も可能だと思います。バスケに興味がある子が生徒にいたら、Bリーグの横浜ビー・コルセアーズとどうですかって話もできるはず。大学と組んで強くなったという成功事例が1つでも出てくるように、今こっそり仕込んでいるところです。

久永 やらなきゃだめですね。早くやりたいですね。

西内 いやまぁとりあえず、1個出てきたタイミングでそれをバーンと広げるのは大事ですね。

久永 今現場で分析を担当している人たちがデータ分析をしっかり学んで身につけようと思ったら、結構大変なのでしょうか?

西内 実感していることとしては、外部ではなく自分たちで分析できるようにしたほうが「ここまでやったんだから、使ってよ」というケースが多いですね(笑)。外部から来たものはありがたみがないんですよ、やはり。だから今はどんどん中でできるようにシフトしています。ある程度エクセルでピボットテーブルや関数を使える人であれば、ごく短期間でそれなりに高度なデータ分析ができるようブートキャンプを行なったり、何かしらのプログラミングができる人なら同じ期間でもっとハイレベルなところまで育成したりしています。その辺は直接お問い合わせください(笑)。

<了>

■西内啓(にしうち・ひろむ)
株式会社データビークル代表取締役・製品責任者。1981年生まれ。東京大学助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長等を経て現在多くの企業のデータ分析および分析人材の育成に携わる。 2017年 第10回日本統計学会出版賞を受賞。

■久永啓(ひさなが けい)
1977年生まれ。早稲田大学人間科学部卒業、筑波大学大学院体育研究科修了。2006年、プロコーチとしてサンフレッチェ広島に入団。アカデミーの指導者として活動しながら、指導者養成事業での分析や映像編集にも従事。2012年、トップチーム分析担当コーチに就任し、Jリーグ2連覇に貢献。2014年、データスタジアム株式会社に入社し、育成年代からプロレベルまでの分析サポートを担当。

■データスタジアムとは
データスタジアムは、2001年の設立以来、プロ野球・Jリーグ・ラグビーなどのデータを取得・蓄積・分析し、スポーツ団体やチーム・クラブ・選手に対して強化や戦術向上のためのソリューションを提供しています。
また、ファンやメディアに対しても様々なデータやデータを活用・応用したエンターテインメントコンテンツを提供し、スポーツの新しい楽しみ方を提案しています。

■報道関係者からのお問い合わせ
データスタジアム株式会社
広報:細田・丸山
電話:03-3585-3558
E-mail:ds_press@datastadium.co.jp

スポーツアナリスト育成講座 Vol.1スポーツアナリスト育成講座vol.2

「仮説を立てろ」はウソ! データ分析のプロはこう見る 西内啓×久永啓

近年、スポーツの世界でもデータの利活用が大きく進んだ。一方で、データを上手く生かしきれない現場もまだまだ多い。日本のサッカー界における現状はどのようなものか、データスタジアム株式会社アナリスト・久永啓氏が、ベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者である西内啓氏に話を訊いた。(文:仲本兼進)

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