オリックス対ソフトバンク戦で起きた、あってはならない誤審

21世紀になってはや17年、来年4月には31年間続いた「平成」にも終止符が打たれる。時代は変わり、私たちを取り巻く環境も大きく変化してきた。スマートフォンが普及し、AI(人工知能)やVR(ヴァーチャル・リアリティー)が注目を集める――。

ひと昔前に映画などで見た「近未来」の世界は、もう目の前にある。

テクノロジーの進化は、スポーツの世界にも影響を与えている。日本プロ野球では2010年から本塁打に限りビデオ判定が導入され、2016年からはその範囲が本塁でのクロスプレーにまで拡大された。そして今季からは12球団の監督が判定に異議のある場合、リプレー検証を求めることができる「リクエスト制度」が採用されている。

「試合の進行が遅れる」「誤審もまた、野球のうち」など、さまざまな意見はあるが、そもそもこのリクエスト制度は12球団からの強い要望があって生まれたという背景がある。勝敗に直結するジャッジについて、テクノロジーの力を借りることで正確性が上がるのであれば、導入する意義は大きい。

しかし、事件は起こってしまった。

6月22日、ほっともっとフィールド神戸で行われたオリックス対ソフトバンクの一戦。試合は3対3のまま延長戦に突入し、10回表、ソフトバンクの攻撃を迎えた。2死一塁で打席に立った中村晃の打球はライトポール際への大飛球。一度はファウルと判定されたが、ビデオ判定によって本塁打へと覆り、これが決勝点になる。そのままソフトバンクが勝利を収めたが、事態が急変したのは試合後だった。オリックスの福良淳一監督は試合後、この判定について抗議。再度、映像を確認した審判団は「最初の判定通り、ファウルだった」と誤審を認めたのだ。とはいえ、ルール上は本塁打、勝敗の記録を変更することはできない。オリックスは再試合の開催をNPBに要望したものの、結果は覆らず。「誤審」があったことは認めても、試合結果はそのままという何とも後味の悪い結果に終わってしまった。

現行のリクエスト制度の問題点 サッカー・ワールドカップ、メジャーとの比較

結論からいうと、今回の誤審騒動はあってはならないものだ。ビデオ判定は本来、誤審を正すためにある。しかしこのケースでは、本来正しかったはずの判定がビデオ判定によって誤審へと変更されてしまった。システム導入の意義を根幹から揺るがす問題だろう。

ではなぜ今回、このような「あってはならない」事態が起きてしまったのか。

理由はいくつか考えられる。

ひとつは、リプレー検証で用いられる映像そのもののクオリティーの問題だ。

現在、NPB(日本野球機構)で行われているビデオ判定は中継局の映像を使って行われている。当然、ビデオ判定用に撮影されたものではないため、アングルや画質など、検証に適さないケースもある。事実、今回の誤審の理由としてパ・リーグの友寄正人審判長は「コマ送りで止める箇所を間違っていた」という説明をしている。

今後の対応については「慎重に映像を見ていくしかない」とのことだが、ここでもうひとつの問題が生じる。ビデオ判定に費やせる時間はルール上、「5分間」と制限されている。試合進行の円滑化を目的としたルールではあるが、時間制限がある以上、「慎重に映像を見ていく」ことが今後、どこまで実践できるかは疑わしい。

時間に制限がある以上、あとは検証材料となる映像のクオリティーや判定に携わる人員を増やすしか、問題解決の道はない。

例えば現在開催中のサッカー・ワールドカップでは、今大会から本格的に導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が大きな話題を呼んでいる。リクエスト制度同様、映像での再検証を行うシステムだが、検証に使用されるカメラの台数は、放送用の33台とオフサイド判定専用の2台にも及ぶという。加えて、それらの映像はすべてモスクワの国際放送センターにいる1人のVAR主審と3人の副審、計4人がチェック。現場の主審とコンタクトを取りながら、映像を検証している。

もちろん、それでも賛否両論あるのは確かだが、少なくともジャッジの正確性を上げるという意味では、間違いなく効果を発揮している。

日本に先駆けてビデオ判定を導入しているメジャーリーグも、ニューヨークに専用のスタジオを建設。30球団の本拠地それぞれに7~12台設置されたカメラの映像を一括して管理している。分析担当の審判員も8人が常駐し、各球場の審判とコンタクトを取って判定を行っている。ちなみに、メジャーの場合はビデオ判定の制限時間は2分と、日本よりもはるかに短い。

ひとことで「ビデオ判定」とくくってしまうのがはばかられるほど、ワールドカップ、メジャーリーグと日本プロ野球の差は大きい。

もちろん、ワールドカップやメジャーリーグと同等のシステムを導入しようとすると、莫大な予算がかかる。ビデオ判定の導入自体は10年以上前から叫ばれていたが、日本のプロ野球が二の足を踏み続けた最大の理由も、そこにあるのだろう。

ただ、一度導入すると決めた以上は、やはりしっかりと予算を捻出し、現場、さらにはファンが納得できるレベルの設備を確保してから導入すべきだったように思える。

決して時間が足りなかったわけではない。本塁打での検証が始まったのは前述のとおり2010年のこと。それから実に8年もの歳月が経っている。地方球場までとはいわないが、せめて12球団の本拠地くらいは、ビデオ判定専用のシステムを導入してもよかったのではないか。少なくとも、それをするための努力はすべきだった。

(C)Getty Images

求められるは、進化し続けるテクノロジーの活用と「ベスト」な取り組み

日本のプロ野球界は、「新しい変化」に及び腰すぎる。

それを示すのが、ビデオ判定導入のタイミングだ。以下に、メジャーと日本のビデオ判定導入時期を明記してみよう。

【本塁打でのビデオ判定導入】
米=2008年
日=2010年

【リクエスト制度の導入(※メジャーではチャレンジ制度)】
米=2014年
日=2018年

日本のビデオ判定は基本的にメジャーが導入した数年後、後追いのような形で行われている。これでは、誤審があったことによる世論や12球団からの要望、さらにはメジャーがビデオ判定を導入したという「野球界の流れ」になんとなく乗っているだけと取られても仕方がない。

日本プロ野球界はこれまで「メジャーに追いつけ、追い越せ」を合言葉に発展してきた。日本は、少なくともテクノロジーの面では世界的に見てもトップレベルの技術を擁しているはずだ。なぜ、それを活用しないのか。

ビデオ判定の導入前、誤審問題が取り沙汰されると、その改善策は「審判団の技術向上」一辺倒だった。ただ、今は違う。今回の誤審問題で「(今後は)映像を慎重に見ていくしかない」といったコメントが出たのは、正直残念だった。これでは結局、「現場の審判がなんとかしろ」という以前の姿勢と大差ない。「ビデオ判定におけるシステムの改善も検討する」くらい前向きな姿勢を見せてほしかったのだ。

誤審問題の原因を「審判員のミス」とするのは簡単だ。優秀なテクノロジーも使う側の人間次第で効果がなくなるのは間違いない。ただ、少なくとも現在のリクエスト制度には、それ以前に改善すべき部分があまりにも多すぎる。

もちろん、審判も人間なのでミスはする。VARが導入されたワールドカップでも、グループリーグ全48試合での判定の正確性は99.3パーセントだったという検証結果が出ている。非常に高い数値であることは間違いないが、逆をいえばそれでも「0.7パーセント」は誤審だったということだ。

しかし、スポーツにおけるテクノロジー導入の目的は正確性を100パーセントにすることではない。もちろん、それに近づける努力はすべきだが、何よりも大切なのはその判定を当事者である選手、チーム、そしてファンが納得できるかだろう。

そのためには、システム、人員確保など、すべてで「ベスト」を尽くす必要がある。

果たして日本プロ野球は今、リクエスト制度に対して「ベスト」な取り組みをしているのか――。

予算や人員確保など、多くの問題をクリアする必要があるのは当然だろう。ただ、地上波での放送が激減したとはいえ、日本プロ野球自体の観客動員数は右肩上がりなのが現状だ。だからこそ、時代の流れに取り残されるのではなく、時代を先取りするくらいのチャレンジを見せてほしい。

他のスポーツ同様、今後は野球界も、進化し続けるテクノロジーと上手に付き合っていく姿勢が求められていくはずだ。

<了>

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花田雪

著者プロフィール 花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。