大谷とアンバサダー契約
米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平投手(27)が、暗号資産取引所を運営する米FTXと長期契約(契約額は非公表)を結んだことが昨年11月16日に発表され、日本でもスポーツ紙の1面を飾るなど大きな話題を呼んだ。ブランド価値向上などを世界規模で担う広報役「グローバル・アンバサダー」に就任した大谷について、FTX創業者でCEO(最高経営責任者)のサム・バンクマン・フリード氏(30)は、米CNNテレビのインタビューで、次のように狙いを明かしている。
「彼は今、スポーツ界で最も衝撃的な選手の一人だ。彼のように、われわれも金融の在り方において革命的なインパクトをもたらしたいと思っている」
米経済誌フォーブスによると、MITで物理学を専攻した経歴を持ち、「天才経営者」とも称されるフリード氏は、フェイスブック(現メタ)創業者マーク・ザッカーバーグ氏以来となる20代での個人資産3兆円超えを達成した人物。FTXを2019年に創業すると、評価額320億ドル(4兆1600億円)を誇るフィンテック(金融・IT技術の融合)企業に成長させた。
そんな時代の寵児が白羽の矢を立てたのが、2021年シーズンに日本選手初の満票での最優秀選手(MVP)に輝いた大谷だった。昨季、投手で9勝、打者でア・リーグ3位の46本塁打をマークするなど、常識破りの投打二刀流として活躍する選手に自らを重ね、FTXの“顔”に任命。大谷は仮想通貨や株式で報酬の全てを受け取る。
暗号資産・仮想通貨とは
暗号資産、仮想通貨は、特定の国家による価値の保証を持つ従来の円やドルなどの「お金」とは違い、国家の保証を持たない暗号化されたデジタル資産(通貨)、主にインターネット上でやり取りできる財産的価値を指す。180種類程度の法定通貨に対し、暗号資産はビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、リップル(XPR)などを代表例に5000種類以上が乱立。一般に取引所と呼ばれる事業者で入手、換金できる。
裏付け資産を持たないため、さまざまな要因で価格が大きく変動する傾向にあることから、日本では、まだ一部投資家の“投機”で注目されるなど、ネガティブに見られることも多い。ただ、米国では市場規模が300兆円まで拡大。米デジタル資産金融会社のバックトホールディングスが2025年までに340兆円まで市場規模が拡大すると予測するなど、金融資産として一定の地位を築きつつある。
ブレイディ、カリーらトップスターとの契約を連発するFTX
そうした地位を確固たるものにするべく、暗号資産関連企業が重視しているのが世界ナンバーワン・コンテンツの一つであるスポーツだ。新規顧客獲得のため、例えば世界1位の取引額を誇るBINANCE(バイナンス)はセリエA・ラツィオと3年総額約40億円のスポンサー契約を結び、同2位のcoinbase(コインベース)はeスポーツと積極的に連携するなど、その知名度アップ、ブランド確立に力を入れている。
その中で同3位のFTXは、今回の大谷と結んだ契約のように、宣伝を主目的とした契約で米スポーツ界とのつながりを深めている企業のパイオニアといえる存在。MLBとMLB選手会のオフィシャルパートナーを務め、世界的プロスポーツリーグと暗号資産取引所の史上初の契約を実現した。その契約内容は非公表だが、米メディアによると5年総額250億円超ともいわれ、今年のポストシーズン(PS)には飛距離130メートル以上の本塁打、いわゆる「ムーン・ブラスト」が出るごとに、1万ドル(約130万円)を慈善団体に寄付するなど、PSで合計55万ドル(約7150万円)を寄付。オールスター戦では初めて審判のユニホームに広告を掲出し、話題になった。
それだけにとどまらない。過去5度のスーパーボウルMVPに輝いたプロフットボールNFLのトム・ブレイディ(バッカニアーズ)、3度ファイナルを制したステフィン・カリー(ウォリアーズ)といった米4大スポーツのトップスターとも契約。世界的アスリートとの個人契約を積極的に展開している。
さらに、昨年4月にはプロバスケットボールNBA、マイアミ・ヒートの本拠地(前アメリカン航空アリーナ)のネーミングライツ(命名権)を19年総額1億3500万ドル(約176億円)で取得し、名称を「FTXアリーナ」に変更。カリフォルニア大学バークレー校のフットボールスタジアムの命名権も10年総額1750万ドル(約23億円)で取得した。昨年6月には米経済誌フォーブスが「世界ナンバーワン」と評価する米国を拠点とするeスポーツチーム「TSM」とはeスポーツ史上最大規模の10年総額2億1000万ドル(約273億円)で契約し、こちらも名称を「TSMFTX」とすることに合意した。
強まる日本との関係性
日本との関わりを強めているところも注目すべき点といえる。大谷に加え、今年3月には女子テニスの元世界女王、大坂なおみとのパートナーシップを発表。今後はルーツである日本とハイチに関連したコンテンツの共同開発や、女性の暗号資産業界への参入を促す役割を担うという。
実は、FTXは昨年9月に日本在住者の新規登録を停止。過去に金融庁からの警告を受けたこともなく、突然の措置にさまざまな憶測がなされていた。その後、今年2月に「Liquid by Quoine(リキッドバイコイン)」の親会社「Liquid Group」の買収を発表。今後は「Liquid」を通じて日本ユーザへの商品、サービスの提供を行うこととなった。「Liquid」は、日本の老舗仮想通貨取引所で、2021年10月には第一種金融商品取引業の登録を完了しており、今回の動きには日本での本格的な事業展開を進める狙いがあるとみられている。FTX自身も「日本の規制に準拠した形で、日本の利用者向けの仮想通貨取引サービス提供を目的にしたもの」と、この買収の意図について説明している。
つまり、大谷や大坂のような日本とゆかりの深い世界的アスリートと立て続けに契約を結んだのも、偶然ではないということ。特に大谷は、昨年11月15日の日本記者クラブでの記者会見で「消費はあまりしない方」「今のところ(お金)はたまっていく一方」と“無欲”な生活ぶりを明かすなど、そのクリーンな印象は、暗号資産に対して懐疑的な見方がまだまだ多い日本ではプラスイメージに働くことが予想される。実際に、米経済誌フォーブスは、FTXやセイコーウオッチなど15の企業と契約する大谷のグラウンド外での収入を2000万ドル(約26億円)と試算し、「ルックスの良さと人当たりの柔らかさで、高い市場価値を持つ」などと分析している。
主要な収入源となり得るデジタル資産
このように、現状では企業のブランド価値向上が主要な動きといえる暗号資産業界だが、その市場規模の拡大を見ると、今後は球団、クラブ経営などにも大きな影響を及ぼしていくことが予想される。一方で、世界各国での法規制も進んでおり、チーム運営などに関わる投票や特別な企画に参加できる権利が付与される「トークン」の発行・売買を新たなビジネスチャンスと捉えている向きもある。
世界最大級のプロフェッショナルサービスファーム、プライスウォーターハウスクーパースは、そのレポートで「デジタル資産の販売は、今後5年間で多くのチームやリーグにとって主要な収入源になる可能性がある」としている。次回は、デジタル資産の一つとしてサッカー界を中心に広がる「ファントークン」と暗号資産関連企業の関係に注目する。
【スポーツと仮想通貨#1】・<了>