地獄の口

 宮川の一連の反則プレーは、試合後ただちにマスコミが問題視して騒ぎになったわけではなかったが、SNSではその日のうちに動画が取り上げられ*、ネット空間には、彼を批判する書き込みが溢れた。

「ツイッターとかで、あれだけ書かれたら、宮川じゃなくても、自分もぜったい無理ですね。名前で検索したら、すぐ出てくるし、無限に残るんですよ。マジで無理っす」(既出とは別の、当時現役だったフェニックスOB)

 監督の内田や、デジタルネイティブではない井上は楽観的だったが、当事者の宮川には、大口を開けて待つ「SNSの地獄」が見えていたのだろう。

 日刊スポーツは5月16日の段階で、宮川がラフプレーの責任を感じて退部の意向であると報じている。

〈日大関係者によると、反則を犯した選手は家庭の事情で約1週間、練習を休んでいたという。日大は厳しい指導で知られ、チーム内競争も激しい。この選手は騒動後に辞退したが、6月の中国での大学世界選手権の日本代表にも選ばれていた。実力ある選手ながらも出場機会が減っていて「精神的に追い込まれていた」と指摘した〉

* 動画を投稿したのは、大手通信社に勤める関学大OBだという噂もあるが、確たる証拠は見つからなかった。

もうやめます

 時は、まだ5月8日。
 
 試合から、オフを挟んで2日後の火曜日、世田谷区桜上水にある日大フェニックスのグラウンドには、午後5時の練習時間になっても宮川の姿はなかった。心配した井上が宮川の兄(フェニックスのOBでもある)に電話をかけると、ほどなく宮川がグラウンドにやってきた。

「コーチルームで、内田さんやコーチ陣と膝詰めで話したみたいだけど、『もう、やめます』だって。SNSでめちゃくちゃに叩かれて、犯罪者扱いされて、ああいうルール違反、悪いことをしてしまった自分にはもうフットボールをやる資格がないというのが宮川くんの気持ちだったみたい。内田さんや井上さんは『フットボールで挽回しろ』と説得したらしいけど」

 この日の様子を知る日大関係者によれば、話し合いの最後、井上と宮川の間で、こんなやりとりがあったそうだ。「ルール違反だと悔やむなら、どうしてあんなタックルをしたんだ?」という井上の問いに、宮川は「闘志を出せと言われたから、闘志を出しました」と応じたというのである。

 普通に考えれば、このやりとりは奇妙だ。コーチや監督が「反則タックルを指示していた」なら、当事者である井上が「どうして」と問うはずはなく、仮にもし問われたとして、実際に「反則タックルを指示されていた」なら、「指示されたからです」と応じるのが自然だろう。にもかかわらず、井上は「どうして」と問い、宮川は「闘志を出した」と答え、ふたりの会話はかみ合わなかった。

悪者を探せ

 日大側で宮川の進退を巡って話し合いが行われているなか、関東学生アメリカンフットボール連盟は、宮川に対外試合への出場を禁止する処分を発表(5月10日)。その翌々日に関学ファイターズの鳥内秀晃監督が記者会見し、日大に謝罪を求める抗議文を送ったと発表したことで、マスコミ報道は一気にヒートアップした。

 タックルを受けた関学大QBは右ひざの軟骨損傷や腰の打撲で全治3週間と診断され、12日に西宮市内で会見した鳥内監督は「スポーツを超えた範疇であってはならないこと。これを認めたらスポーツは成り立たない」と、激しい口調で語った*。

 世間の注目が高まるにつれ、アメフト界や所管する行政官庁などもパフォーマンスに走り始めた。スポーツ庁を訪問した日本アメリカンフットボール協会の国見誠会長は会見で「あり得ないプレーだと思う。誠に残念で心よりおわびする」と述べ、同庁の鈴木大地長官も「普通はレッドカードに値するプレー」と厳しい姿勢を見せたが、彼らはこの時点で「事件」について何らかの事実確認をおこなっていたわけではなかった。
 
 このころから、マスコミ報道の主眼は日大・宮川の悪質タックルは「なぜ起きたのか」に移っていった。たとえば、共同通信は「アメフット日大選手『監督指示』 大学は否定、悪質な反則」と派手に打った。

〈危険なプレーをした日大の守備選手が「『(反則を)やるなら(試合に)だしてやる』と監督から言われた」と周囲に話していたことが16日、わかった。関係者が明らかにした〉**

 スポーツ紙も同様に、反則プレーの背後に内田や井上の「陰謀」を匂わせる記事をセンセーショナルな見出しで一斉に報じ始めた。「日大アメフト監督脅しか『反則やるなら出してやる』」の見出しは、日刊スポーツ。

〈日大関係者によると、反則を犯した選手は、下級生の頃から主力としてプレー。しかし、最近は内田監督から精神面で苦言をていされ「干されている状態だった」と話す関係者もいる〉***

 サンケイスポーツは、鳥内監督の言葉を切り貼りして「責任者出てこい!」と啖呵を切った。

〈内田監督はいまだに公の場に姿を見せることなく説明を避けている。「現場で責任者は監督です。やっぱり監督の責任があると思います。日大の中でも地位の高いところ(常務理事)におられる方なので、会見して一言謝るものなのでは」と批判した〉****

 以降、メディアの集中砲火を浴びた日大側は、ひたすら“火消し”に追われることになる。


* 京都大学ギャングスターズのOBによれば「鳥内はずいぶん正義面していたけど、彼だって学生時代(秋の京大戦)、まったくプレーに関係のないところで、京大の選手に飛び蹴りをして一発退場になったのにねえ」とのことである。
** 共同通信(5月16日付)
*** 日刊スポーツ(5月17日付)
**** サンケイスポーツ(5月18日付)

第6回につづく

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全国紙記者、週刊誌記者、スポーツ行政に携わる者らで構成された特別取材班。