おっちゃん、かく語りき

「あのごっつい兄ちゃんなあ…。いかついけど挨拶はしっかりするし、礼儀正しいから最初は少年院帰りのゴンタかと思たわ。ほんだらあの日大アメフトのコーチや言うからびっくりしたで。ここはもとはやくざもんも不良もおるけど過去は関係ない。そやから、みんな頑張りや兄ちゃん言うて、応援してたんや」

 日雇いのおっちゃんは、井上を知っていた。

 2018年9月。日大を解雇されてから1カ月が過ぎた頃、井上は東京を離れ、大阪・西成にいた。JR新今宮駅を降りるとすぐに日本最大の日雇い労働者の街といわれるドヤの街「あいりん地区」が広がる。
 
 井上は、ホルモンでカップ酒を煽るおっちゃんと共に、午前8時から午後5時までハンマーを持って解体現場で汗を流していた。日雇いの報酬は、1日1万円だ。その年の5月に日大4連覇を目指してグランドで汗を流していた男が、今は解体現場でツルハシを持って汗を流しているなど、本人も誰も想像できなかっただろう。

転身

 なぜ井上は、あいりん地区に飛び込んだのだろうか。

「就職の面倒をみる、と声をかけてくれた企業がいくつかあったようですが、『すべて断った』と言っていました。西成に飛び込んだのは本人の意思でしょう。一から出直せ、とか言われてましたけど、井上くんにとって“一から”では物足りなかったんですよ。本当に自分で日銭を稼ぐゼロからでないと“生きる”という意味を改めて見つめ直すことにはならんと思たんとちゃうかな」

 西成で、井上に仕事を与えた男性は、そう明かした。

「地元のアマ(尼崎)でもええやんと思うたけど、やっぱり他人の目も気になったんかもしれんね」

 そこから約1年後、写真週刊誌の記事*は、日雇い労働者から日雇い労働者の人材派遣を手掛ける企業に就職して「派遣師」として働く井上を紹介している。

〈「××さん、ナンバー〇〇-〇〇の車に乗ってください!」
 
 8月上旬のある暑い朝、ひときわガタイのいい男の、テキパキした指示が飛んでいた。会社前で運転手に指示を出すその男は、労働者たちとにこやかに談笑していた。
 
 時間は、朝6時30分。関西のとある事業所に、続々と集結するトラックやワゴン車。男の指示に従い、労働者たちが車に乗り込み、現場へ向かう。男は建築・土木・解体現場に労働者を派遣する “番頭” 役のようだ。
 
 日大アメフト部のコーチだった井上奨氏(30)は、日雇い労働者の人材派遣などを手がける企業で、「派遣師」として華麗なる転身を遂げていたのだ〉*

* Smart FLASH(ウェブ版/2023年7月14日時点)
https://news.line.me/detail/oa-flash/fa2187736af0

隣り合う闘志と狂気

「わしらの日雇いの仲間が『井上くんは、こんなとこ居るような人間ちゃうぞ』言うて人材派遣会社に入るよう後押ししてね。一緒に働いたから、わしらのこともよう気遣うてくれて、身体がキツい日には配慮して楽な現場を割り振ってくれたり、わしらのことをよく見てくれて感謝してるで」(前出・日雇い労働者の男性)

 差し出される救いの手に縋りついて再就職を選ぶほうが手堅いのに、裸一貫から出直す道を選ぶ。そんな愚直な生き方はどこか「狂気」を孕んだものに思える。
 
 ここで思い出してほしい。井上が宮川に対して言った「潰せ」という言葉を。アメフトに限らず、コンタクトスポーツにおける言葉は、やるかやられるか、そんな極限で闘う選手に向けたものだ。フェニックスOBのひとりが騒動の渦中で語っていたことがある。

「ボクシングだって、倒れている選手をレフェリーが止めるまで殴り続けようとするじゃないですか。闘志を奮い立たせる狂気がなければ勝てない。アメフトの『潰せ』だって同じですよ。井上にはそれがあったが宮川には伝わらなかった。だからルール度外視で相手選手を殴ってしまう。それじゃあただの狂気ですよね……」

 日大を解雇され、関東学生アメリカフットボール連盟は内田監督と井上コーチを永久追放に相当する除名処分を下した。アメフトではなく人生そのものがフィールドになっても生きる闘志を奮い立たせる狂気が、ドヤ街に彼を飛び込ませたのだ。それは残された部員たちにこそ、井上が見せたかった生き様かもしれない。
 
 実は、内田監督も井上も警察の捜査では不起訴になっていることを改めて強調しておきたい。懲戒解雇は不当として日大を訴えていた井上は2021年3月に和解が成立し、日大に復職していたのだ。

最終回

Project Logic

全国紙記者、週刊誌記者、スポーツ行政に携わる者らで構成された特別取材班。