200人

「日大も太っ腹というか……。学内の式典で校歌に合わせて、あの大きな身体でピアノ伴奏している井上さんを見かけましたよ。ほんとにあのタックル事件ってなんだったんですかね」

 日大の学生のひとりが漏らしたように、あの「事件」は何だったのかはふたたび問われるべき「謎」である。
 
 上述したように関東学生アメリカンフットボール連盟が「悪質なタックル」を内田と井上の指示と認定し、除名処分を発表したことで、ふたりはアメフト界から「永久追放」された。傷害罪で告訴されたふたりを事情聴取した警視庁の処分は不起訴となったが、その処分で、アメフト界からの追放が解かれることはなかったのだ。

 この件を取材した記者によると、2時間の聞き取り調査で処分を決めた関東学生連とは異なり、内田や井上の事情聴取は相当に厳しいものだったという。

「押収した携帯の履歴をもとに、選手はもちろんのこと、井上の職場の隣の席の同僚や高校時代の恩師まで総勢200人近い裏どり調査を行ない、ふたりにはポリグラフをかけ、どこで誰と何を話したかを1カ月かけて捜査しています。その結果が不起訴ですから、こっちとしては驚きました」(全国紙記者)

奴らを潰せ

 スポーツ報知(2019年2月6日付)は、警視庁がふたりの嫌疑は認められないとする捜査結果を東京地検立川支部に書類送付したことを報じている。

〈宮川選手が明らかにした井上前コーチの「相手のQBを1プレー目で潰せ」との発言は、多くの部員が「潰せは思い切り行けの意味だと思った」と説明。内田前監督の「やらなきゃ意味ないよ」との発言は確認されなかった〉*

〈「潰せ」との言葉は「強いタックル」などの意味で普段使われており、警視庁はアメフトにおける正当業務行為の範囲内と判断、宮川選手が指示を誤解したとみている〉*

 内田と井上の不起訴は、一部のマスコミで報じられたが、「責任者出てこい」、「選手に責任をなすりつけ」と煽りに煽った連日の報道とは比較にならないほど目立たぬ扱いで、実際、5年前の日大タックル事件と言えば、真黒に日焼けしたいかついコーチや監督がピュアな選手を追い込んでやらせたことだと思っている人がほとんどではないか。

 アメフト界、マスコミ、世間によるキャンセル・カルチャーによって放たれた「(責任者を)潰せ」の指示こそ、我々にははっきりと聞こえる。
 
 だが、井上は潰れなかった。

* スポーツ報知(2019年2月6日付)

現在地

 日大に復職してすでに2年が経過している。事件後の井上の足跡を追うと、なぜだかキックボクシングのジムに通っていることがわかった。これまでアマチュアで2戦試合をして、戦績は1勝1分け。所属していると思われるジムを訪ねると、トレーナーがいた。

「慣れない減量には苦しんだみたいだけど、アメフト仕込みのフィジカルの強さでパンチもキックも重量感が半端ない。なんていうのかな、後ろに引かない気迫は凄いよね」

 トレーナーは、井上を“ツッピー”と呼ぶ。期待しているとも言った。己の拳と足だけを頼りに1対1で心身を削りあうコンタクト・スポーツに打ち込んでいる井上は、やはり今も“愚直”な生き方を続けているようだ。

 あの「事件」以降、監督やコーチをほぼ刷新した日大フェニックスは2020年以外は甲子園ボウルから遠ざかり、やや低迷を続けている。アメフトの試合もあの「事件」からは、タックルで倒れた選手を相手チームの選手が手を貸して起き上がる場面も目にするようになった。

「リスペクトのつもりかもしれないが、どうもね。気持ち悪いよね。肚を見せない、良い子ちゃんみたいで。リスペクトとかいうなら、試合が終わってから、いくらでも相手を称えればいいじゃないか。試合中は潰し合うことこそアメフトの精神じゃないか」

 アメフト取材を続けるスポーツジャーナリストはそう嘆息していた。

 この先、アメフトの指導者として井上がふたたびフィールドに立つ日が来るのかどうか、それはわからない。けれど、決して潰れない狂気を秘めた愚直さは、今のスポーツ界が取り戻すべき原点のようにも思われてならないのである。 (終)

〈日大アメフト・悪質タックル事件〉の真相を追う【第1回】

Project Logic

全国紙記者、週刊誌記者、スポーツ行政に携わる者らで構成された特別取材班。