後半開始直前にアップを開始しただけで、スタンドがざわめき始めた。背番号10がベンチコートを脱ぎ、ピンクのユニホーム姿でピッチに降臨するとスタジアムは一気にヒートアップ。「世界最高選手」の証しであるバロンドールを歴代最多の8度受賞したスーパースターは、そんなファンの期待に応えるプレーを日本の地で披露した。後半34分には中央を駆け上がって抜け出し、左足でシュート。相手GK新井章太にはじかれたが、華麗なテクニックに「メッシ! メッシ!」の大合唱が起こった。

 スタジアムの空気、試合の流れを1人で一変させる、まさにメッシ劇場。異次元の30分間に、観衆は酔いしれた。しかし、ただ、一つ問題だったのは、その観衆の数。2万8614人と発表されたが、その数字すら下回っているかのように感じるほど、国立競技場のスタンドには空席が目立ち、SNSでは「ガラガラ」というワードが飛び交った。
 
 昨年6~8月には欧州の強豪クラブが続々と日本ツアーを実施。7月26日に国立競技場で行われたバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)-マンチェスター・シティ(イングランド)に6万5049人が集まり、国立のサッカー競技最多を更新した。同競技場で、その半分にも満たない今回の数字は、あまりに寂しいもの。その要因として、ある日本サッカー協会関係者は「あくまでも個人の見解」と前置きしながら「“本物”を知るファンが増えたということでは」と分析する。

 インテル・マイアミは、メッシのみならずスター揃い。ウルグアイ代表FWルイス・スアレス、元スペイン代表MFセルヒオ・ブスケツ、同DFジョルディ・アルバと、かつてバルセロナ(スペイン)で一世を風靡した名手を擁し、共同オーナーには元イングランド代表MFデイビッド・ベッカム氏が名を連ねるなど、出てくる名前は豪華そのものだ。

 一方で、クラブとしての歴史は浅く、2018年に創設されたばかり。昨年より人気を高めてはいるものの、かつて「サッカー不毛の地」と言われた米国のチームであり、その“格”は欧州5大リーグ(イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス)のクラブに及ばないというのが、サッカーファンの共通認識だろう。メッシら一時代を築いた選手がキャリア終盤に新天地として選んだ、近年注目を集めているリーグとはいえ、中東などと同様にまだまだ発展途上のリーグという評価が現実的といえる。

 海外クラブの来日が珍しくなくなった中で、「勝ち組」「負け組」が分かれてきていることが、今回の試合でより鮮明になったといえるだろう。昨夏はスコットランドの名門セルティックが来日したが、7月19日の横浜M戦(日産スタジアム)で2万263人、同22日のG大阪戦(パナスタ)で1万2482人と集客に大苦戦。対して、フランス代表FWキリアン・エムバペが契約問題で来日しなかった中で昨夏のパリ・サンジェルマン(フランス)は8月1日の国立でのインテル(イタリア)戦で5万139人を動員した。“来日バブル”がはじけ、「欧州5大リーグのクラブか、それ以外か」が、ファンが足を運ぶ重要な基準になっているのは間違いない。

 最近の海外クラブの日本ツアーの御多分に漏れず、最低1万円、最高300万円という高額な価格設定となったチケットにも批判的な声が集まった。X(旧ツイッター)には、「平日ド真ん中であのチケ代じゃあ」「いい加減馬鹿高いチケット価格はやめた方がいい」といったコメントが並んだ。コアなサッカーファンは米国の新興チームにそこまでの金額は払わず、ライト層は気軽に手を出しにくい。その結果、空席が目立つこととなり、ブンデスリーガでもプレーした神戸の元日本代表FW大迫勇也は「できればもっとたくさんのファンに観てもらいたかった」と率直な思いを口にした。

 来日直前、香港で2月4日に行われたインテル・マイアミと香港リーグ選抜との親善試合ではメッシが出場せず。高額のチケットを購入したファンや主催者のタトラー・アジアに計1600万香港ドル(約3億円)の補助金を拠出していた香港政府が「失望」を表明し、返金を求める騒動が起こった。これが日本でも大きく報道され、サッカーとは離れた事象にばかり注目が集まった印象すらある。

 試合は0-0に終わり、親善試合では珍しいPK戦に突入。6人目までもつれながらメッシが蹴ることは最後までなかった。MFグレゴレのシュートを新井がセーブして神戸の勝利が決まると、メッシのキッカーとしての登場を待ちわびたファンから、ため息やブーイングが出たのは何とも皮肉だ。多くの日本選手が欧州で活躍し、配信サービスなどで最高峰のサッカーがどこにいても気軽に見られるようになった今、ファンは“本物”を見極め、“非日常体験”をエンターテインメントの重要な構成要素として強く求めるようになっている。メッシは確かに「来た」が、ファンは「来ない」では、なんとも笑えない結末だ。

メインスタンドもまばらな観客、国立特有の配色椅子がカモフラージュしている。

VictorySportsNews編集部