“追放”は解かれず

 約5年前、いたいけな学生に、故意に悪質なタックルを命じて、相手選手を負傷させたとして、関東学生アメリカンフットボール連盟は、日本大学フェニックスのコーチを除名し、その「迅速な決定」に世間は快哉を叫んだ。
 
 月日は流れ、悪質なタックルを「命じられた」と主張した若者は社会人リーグで活躍し、悪質なタックルによって負傷した相手の選手も社会人リーグで楽しんでいる。

 だが、井上奨は違う。あらゆるメディアやタレントたちから蛇蝎のごとく嫌われ、悪辣な指導者として迅速に断罪された、日大フェニックスのディフェンスコーチ。彼は事件当時から一貫して、「悪質なタックルなど指示していない」と主張してきた。
 
 しかし今日、東京地方裁判所は関東学生アメフト連盟に対する井上の身分回復(地位確認請求)を認めなかった*。この事実に対して、世間はふたたび拍手を送るだろうか。いや、見向きもしないだろう。


* 井上は、〈チーム役員(コーチ)〉として連盟に〈登録できる資格を有すること〉の確認を求めたが、訴えは却下された。現時点で、井上を〈チーム役員(コーチ)〉として、登録申請を出している大学チームが存在しないため、そもそも〈法律上の争訴に当たらない〉との判断である。同時に、井上の連盟に対する名誉棄損の訴えも棄却された。

始まりの日

 そもそも、あの「事件」とは何だったのか。まずは、世間の皆さんがぼんやりと憶えている記憶を造形したマスコミ各社の報道を振り返りつつ、関係者の証言を頼りに「本当は何が起きていたのか」を探っていきたい。

 2018年、ゴールデンウィークの締めくくりとなる5月6日の日曜、東京都調布市のアミノバイタルフィールドで行われたアメリカンフットボールの試合が問題の一戦である。日本大学フェニックスと関西学院大学ファイターズの定期戦だが、そこに漂っていたのは、ただの大学同士の試合のひとつという雰囲気ではなかった。

 日大フェニックスと関学ファイターズは、学生アメフト界における東西の横綱*。つまり、この試合は秋のリーグ戦、そして学生日本一を決める甲子園ボウルを睨んだ決闘なのだ。それ故にフェニックスとファイターズの試合はいつも激しいぶつかり合いになるが、それにしても、この日は異常だった。

 日大が赤、関学が青のチームカラーで知られる青と赤の対決は、プロ野球で言えば巨人と阪神のようなライバルとして位置づけられ、伝統の一戦としてファンの注目も高い。全日本大学アメリカンフットボール選手権(甲子園ボウル)では、この年までに実に29回も対戦している(日大17勝/関学大10勝/引き分け×2)。

 その上、この年の東西の両雄には常日頃のライバル関係を超える負けられない思いがあった。それは「事件」とも無縁ではない。

* 強さだけで見れば、当時の東の横綱は法政大学。早稲田大学が大関で、日大は古豪。いわゆる、オールドファンが喜ぶ「伝統の一戦」ともいえる。

異変

 前年の2017年12月の甲子園ボウルで、日大は下馬評を覆した。このところの絶対王者だった関学大を破って、1990年以来27年ぶりに大学王者に返り咲いたのだ。

「日大はMVPを取ったQB(クオーターバック)の林大希や、1年生が大活躍して勝ったんです。これは4連覇も夢じゃない。OBから現役の親御さんまで、皆がめちゃくちゃ盛り上がりました。
 だから王者だからって気を緩めず、練習も厳しくなった。お互いに手の内は隠すけど、選手同士1対1の勝負では絶対に負けられない。それがアメフトです。春に、対面(トイメン)に負けているようじゃ、秋のリーグ戦や甲子園ボウルで勝てるはずがないんですよ。関学も王者奪還を狙っている。もうどっちもバチバチに気合入ってましたね」(フェニックスOB)

 ゴールデンウィーク最後の日曜日とあってスタジアムには多くの観客が詰めかけていた。試合は関学大のキックオフで始まり、まずは日大が攻撃権を得た。

 アメフトは一言で表わすと、陣取りゲームだ。サッカーやラグビーと異なり、オフェンス(攻撃側)はまず4回の攻撃権のうちに10ヤード(9.14m)進めば、新たに4回の攻撃権を得る。相手ディフェンス(守備側)のタックルを交わしながら、パスやランで前に進むことを繰り返して、敵陣のエンドゾーンに到達するタッチダウンや、キックでポストを狙うフィールドゴールで得点を競う。

 その4回のうちに10ヤード進めなければ、相手に攻撃権が移る。野球でいうスリーアウトが、アメフトではフォーアウトに当たると考えてもらえれば分かりやすいかもしれない。

 1ダウンにつき11人でプレーし、オフェンスとディフェンスとも司令塔のQBを軸にボールを持って敵陣を目指すRB(ランニングバック)や、攻撃側の選手とぶつかり合ってボールを持った選手が走ろうとする穴をふさぐDL(ディフェンスライン)など、ポジションごとに役割が決まっている。大きな戦術とともに、個々の選手による〈1対1のコンタクト〉が重要視されるのはそのためだ。

 さて、試合開始早々、日大は相手陣地にうまく攻め込めず、パント(攻撃権を放棄して陣地を回復するためのキック)を選択。対する関学大は、最初の攻撃でショットガン・フォーメーションからパスを仕掛けた。ボールを受けた関学大のQBは右側に走りながらパスを投げたが、失敗。一瞬、天を仰ぐような仕草を見せた。「事件」は、その直後に起きた。

第2回につづく

Project Logic

全国紙記者、週刊誌記者、スポーツ行政に携わる者らで構成された特別取材班。