レスター・シティとの関わり
――ポールさんがレスター・シティと関わり始めたのは、いつからですか?
ポール レスターとの関わりは2008年、3部にいた頃からです。10年前、チームはまだ未熟でしたが、当時のナイジェル・ピアソン監督がスポーツサイエンスに関心を持っていました。それで私に声がかかり、「一緒に旅に出よう」となりました。2009年には、チームとして初めてGPSシステムを導入しました。今ではほとんどのチームに導入されていますが、当時は珍しかったと思います。
――当時の選手たちに「GPSを導入する」と言ったとき、何がしかの反発はありましたか?
ポール 特に反発は起こりませんでした。当時のピアソン監督がスポーツサイエンスを信じていたこともあり、結果的にその年にリーグ優勝できましたから(編集部注:2008-09シーズンにリーグ1[イングランド3部]優勝、チャンピオンシップ[2部]昇格)。新しいことをやってもポジティブに捉えられる環境があったのは、幸いでしたね。
最初に明確にしたのは、「これは選手のためだ」ということです。決してサボっていることを可視化するとかではなく(笑)、選手のパフォーマンスを上げ、能力を高めるためだということです。
――Catapult社のシステムの活用ポイントは、大きく3つに分けて「負傷予防」「パフォーマンスアップ」「競技復帰」だという話ですね。
ポール この3つ、いずれも共通で言えることは、「負荷管理」です。練習・試合と継続してデータを取ることで、トレーニングの負荷を変えることができます。ケガのリスクを予見したり、パフォーマンスアップにつなげたり、どのようなリハビリメニューを実施するかというところでも活用できます。
高いパフォーマンスを継続・持続することは難しいです。しかし「パフォーマンスキャパシティ」、つまり「マックスでどのくらいできるか」を高め続けることは可能です。キャパシティが高い選手と低い選手に同じ負荷をかければ、低い選手は早く疲れてしまいます。全員のパフォーマンスキャパシティが高まれば、疲れにくいしリカバリーも早く、疲労もたまりにくくなるわけです。
岡崎慎司は「試合中にうまくリカバリーする」
――岡崎慎司選手について伺います。彼がレスター・シティに加入しCatapult社の製品を使うことで、パフォーマンス的に大きな変化が生まれましたか?
ポール 大きな変化はなかったと思います。彼はブンデスリーガから来た2015年6月当時から、非常にフィットしていた選手でした。レスターは、シーズン前の準備フェーズを非常に重視しています。シーズンが終わった瞬間から次のシーズン開幕までが、全て準備のフェーズです。岡崎選手に関しては、すぐに順応できました。体力があり、高いフィジカルもあり、決して他選手に劣っていません。
ただ、プレミアリーグやレスターの練習をこなせるよう、パフォーマンス・キャパシティはより高まった印象があります。岡崎選手のプレーを見ていると常に走り回ってチェイシングをしているイメージがありますが、実はちゃんと休むところは休む選手なのです。試合の中でリカバリーできるよう、うまく工夫していると思います。レスターに入ってから、大きなケガはないのではないでしょうか。そうしたクレバーさも、彼の強みですね。
――岡崎選手は監督が代わって一時的にポジションを失っても、必ず奪い返してきている印象です。その要因の一つに、Catapult社のような客観的なデータ分析はありますか?
ポール そういうことではないですね。データはあくまでサポートで、最終的には監督、スタッフの目で見て判断しています。重要な選手だということは、みな分かっていますから。プレミアを優勝したシーズン、岡崎選手はほとんどスタメンだったと思います。ユニークな選手であり、彼のような選手はチームに1人しかいません。ジェイミー・バーディ選手とはベストの組み合わせといわれていますが、それはお互い補完できる要素があるから。そこはデータとは関係ない部分ですね。
データで見る要素としては、ボールを保持していない時のスプリントやハイスピードでの動きが多いことです。すごく良い数字だと思います。また、選手によっては練習であまりパワーを出さず、試合で結果を残す選手というタイプもいますが、岡崎選手の場合常に100パーセント。トレーニングでも試合でも100パーセントを出す。そこは、すごく印象に残っています。
スウェーデン代表でのデータ分析
――ポールさんは98年からスウェーデン代表でも仕事をされているとのことですが、代表チームとクラブチームとでデータのとり方に大きな違いはありますか?
ポール 実はスウェーデン代表では、ドームの中で練習をやることが多いのでGPSのデータは取れません。なので、選手の所属チームからフィードバックを受けています。
経験から、その週の計画を立てるときは、いつ負荷が高くていつ低いのか、どうやってゲームの日まで1週間もっていくかをきちんと選手に説明しています。Catapult社には「プレイヤーロード」という指標があるのですが、それは「総合的に負荷がどれくらいかかっているか」を見るものです。GPSではないですが、そういうデータを活用しています。
――今後、Catapult社の製品は日本でも多く普及していくことが予想されます。先駆者的な立場にいるポールさんから、「こういうところをしっかり見ていったほうが良い」というアドバイスはございますか?
ポール 何の指標を見るかというより、「何のためにやるのか」を明確にすることですね。チーム全体で共有していくことが大事です。
代表チームの場合、招集される機会が少ないですから、その中で試合にピークを持っていくために何をしないといけないのか。短期的な招集でも、長期的な大会でも同じ。選手はいろんなチーム、いろんな練習環境、いろんな試合環境からきています。日頃どういった練習をし、いつ試合をやり、最後にどういうトレーニングをしたか、所属チームからフィードバックをもらうことで招集初日のトレーニングは変わってきます。
試合3日前の招集であったら、戦術練習もしないといけません。それに合わせるために、どういった負荷のかけ方をしていくか。それをちゃんとチーム全体で理解して、共有していくのが一番重要なんじゃないかなと思います。
プレミア全チームにスポーツサイエンス「チーム」が存在
――ポールさんのレスター・シティにおけるポジションは「Head of Sports Science and Performance Analysis」、日本ではあまり一般的ではないポジションです。スポーツの世界に入るきっかけは、何だったのでしょうか。
ポール 35年ほど前から生理学を学んでいました。特にフットボールについて、どのくらい走り、レストし、どのような動きをするという研究をし、論文を書いていました。当時はスポーツサイエンティストという職業はなかったのですが、その頃から現在のような仕事を志していました。イギリス出身ですのでフットボールもずっとプレーしていましたが、プロを断念した際にコーチングではなく別の道でフットボール業界に関わっていきたいと考えていました。
スウェーデン代表に初めて仕事に携わった1998年の頃も、人がいなかったので分析のほうもやらなきゃいけなかったのはあります。長いようで短い期間ですが、いろいろ起きていますね。
――当時はスポーツサイエンティストの学位を取りながらも、やれる仕事は何でもやった形なのですね?
ポール そうです。今でもスウェーデン代表は、レスターほどスタッフが多いわけではありません。ウォーミングアップを担当して、高い場所に上がってビデオを撮って、ハーフタイムで戻ってきて……といろいろな作業をやりました。もちろん楽しんでやっていますよ。ただ、2002年ワールドカップ当時、スウェーデン代表として来日した際、ひょっとすると全チームにきちんとしたフィットネスコーチはいなかったかもしれないですね。
――日本代表には早川直樹さんというコンディショニングコーチが当時からいましたが、他のチームはひょっとすると少なかったかもしれません。
ポール チームによっては、もしかしたら、アシスタントコーチがそういう役割をやっていたかもしれないですね。
――ポールさんがスポーツサイエンティスト専門となったのは、レスターが初めてですか?
ポール いえ、最初の仕事は2002年のボルトンでした。当時の監督がサム・アラダイスだったのですが、彼もスポーツサイエンスに興味を持っていてチーム内でもプッシュしていました。2年ほどボルトンにいき、それからいくつかのチームで仕事をした後、ナイジェル・ピアソンがレスターに加入したタイミングで一緒に入団しました。2008年のことです。
――。そうすると、プレミアリーグの中でも、スポーツサイエンティストが重宝されはじめたのは、まさに2002年くらいからなんでしょうか?
ポール そうかもしれないですね。サム・アラダイスが当時ボルトンでやっていたことはユニークだったし、結果も出ました。そこから注目を集め始めたと思います。
――今や、プレミアリーグのほぼ全チームにスポーツサイエンティストなり、それに準じるような職種がいるのでしょうか?
ポール スポーツサイエンティストというより、スポーツサイエンス「チーム」がいます。そして、チームがあるところには必ずヘッドオブスポーツサイエンスというポジションはあります。たぶんチャンピオンシップに関してもアカデミーに関しても、ほとんどのチームに存在するのではないでしょうか。
プレミアリーグはアカデミーや若い選手を育てるためのルールが厳しく、そこでちゃんと選手のパフォーマンスだけじゃなく健康面も見る必要があります。レスターに関してはアンダー21、アンダー18、アンダー16……全てのカテゴリーで入っています。負荷管理というのは、それだけ重要なのです。
――日本の現状とはかなり大きな差がありますね。
ポール メジャーリーグなどでも、ケガをした選手に対しどれだけのコストが発生するかということを考えると、こうしたスポーツサイエンスは重要です。また、若い世代の子たちに関しては、負傷の履歴を蓄積することも重要です。履歴が蓄積されると、どういう負荷でどういう条件のときに負傷したかがわかり、ではそれを回避するためにどのような負荷調整をすればよいかもわかります。
負傷をきっかけに、本来輝けるはずだった選手のパフォーマンスがそのまま落ちていくことはよくあります。こうした投資は、コストではなく重要な投資と考えるべきです。トラッキングデータ取得などは世界中でやられていると思いますが、こうした取り組みを無駄だと考えることなく、履歴を取得するためにも今から始めたほうが良いと思います。それは、いずれ取り組みが遅れている他チームに対する差別化要素にもなるはずです。
あえてスポーツサイエンスという呼称を避けてもいい
――スポーツサイエンスを志す人へ、メッセージをお願いできますか。
ポール スポーツサイエンスにおいて重要なのは、他分野と切り離さないことです。コーチングやメディカルといった分野と、もちろん選手とのコミュニケーション含め、一つのユニットとして行なうことです。日本の可能性としては、現在その枠組自体がない以上スポーツサイエンスもないわけですから、まずはそこを新しく開拓していけるのではないでしょうか。
スポーツサイエンスをする上での最重要な目標は、結局は負荷管理になるでしょう。負荷を管理することがケガを予防し、ひいてはパフォーマンスキャパシティを上げることに繋がります。こうした取り組みは、Catapult社の製品を用いて実現できます。
また、プレイヤートラッキングなどのスポーツサイエンスを導入することで実際にボールに触って練習する時間を増やすこともできます。試合のスケジュールがきつかったり、あるいは練習が週2回しかできないという制約がある中でも、スポーツサイエンスを活用することでトレーニングの質を高めて認知や判断を早くすることに繋げたり。
ただ、もっと馴染みをよくするためにはあえてスポーツサイエンスという呼び方を避け、例えば「パフォーマンスサイエンス」などの呼称を使ったほうが良いかもしれません。パフォーマンスコーチ、パフォーマンスサイエンティスト、あるいはパフォーマンス栄養士……そういう呼称を用いることで、よりスポーツの分野で導入されやすくなるのではないかと思います。
――最後に、ポールさんがこの仕事に関わっていてよかった、と感じた瞬間を教えてください。
ポール 最高の瞬間を味わうためには、最低の瞬間が必要ですよね(笑)。最高だった瞬間は、ウェンブリーでスウェーデン代表とイングランド代表が対戦した1999年に、フィットネスコーチとしてウェンブリーのピッチに立ったことです。イギリス人ですから、憧れですよね。あの経験は今でも覚えています。
2002年ワールドカップで、スウェーデン代表として強豪ぞろいのグループ(イングランド、アルゼンチン、ナイジェリア)というグループを突破できたことも素晴らしい経験でした。初めてのワールドカップでしたし、その舞台でグループリーグ通過というのは代えがたい経験です。
もちろん、ここ2年でレスター・シティがプレミアリーグを制覇したことも、最近だったらスウェーデン代表がイタリア代表を破ってワールドカップ出場を決めたことも最高でした。予選ではフランスから勝利しましたし、オランダを敗退に追い込みました。非常に満足しています。
逆に最低の瞬間は、2014年ブラジルワールドカップの欧州プレーオフで、ポルトガルと対戦し0-1、2-3と敗れたことです。クリスティアーノ・ロナウドに両方の試合で全得点を決められました。本当に悔しい、最悪の瞬間でしたね。
あとは、この仕事に携わる中で多くの人に出会えたことです。仕事柄多くの国を訪れますし、それは他の仕事ではあまり経験できないことです。スウェーデン代表に帯同している際は朝の7時に起床して、深夜2時まで仕事をしたりしています。睡眠時間はほとんど取れないということはありますが、とてもやりがいを感じています。
――以上です。どうもありがとうございます。
<了>
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