ヤットの帰還で常勝ガンバ大阪復活なるか・・・

 激しい言葉や大げさな身振り手振りでチームメートに檄を飛ばすのではなく、さりげなく気を使い、自然な立ち居振る舞いで全体を活性化させる。2005年の初タイトル、2008年のアジア制覇…。ガンバ大阪が遠藤コーチとともに常勝軍団となっていった過程を知るクラブ関係者は「困った時に、みんながヤット(遠藤コーチの愛称)を見る。ガンバ大阪のヤットから、ヤットのガンバ大阪になっていた」と当時を振り返る。

 現役時代の遠藤コーチはガンバ大阪でも、日本代表でも、飄々とプレーしながらピッチ全体を俯瞰し、ここぞというときに決定的なパスを出す名手だった。多くの人が「司令塔」「攻撃のスイッチ」といったイメージを持っているだろう。しかし、遠藤コーチが主戦場にしていたボランチ(守備的MF)の選手に求められるのは、当然ながら、攻撃の能力だけではない。最終ラインの前に位置する守備の要として、体を張って相手FWの突破を食い止め、激しいプレーをいとわずにボールを奪取する泥臭さも不可欠だ。遠藤コーチはときに、そんな役目を自ら買って出るときがあった。

 「きょうはヤットゥーゾになった」。当時、そういう荒々しいプレーを得意にしていたイタリア代表のMF、ジェンナーロ・ガットゥーゾにちなみ、担当記者の間でそう形容されたこともある。

 何が言いたいのかといえば、遠藤コーチのプレースタイルの多様性である。抜群のポジショニングでボールを受け、数手先まで読んだ味わい深いパスを前線に供給するだけではない。ボールを「止める」「蹴る」といった基本を大切にすることや、黒子に徹してチームに勝利をもたらすことの重要性も知り抜いている。そして、自身が2000年のシドニー五輪や2006年のワールドカップ(W杯)ドイツ大会で味わったように、ベンチ入りメンバーから外れたり、出場機会が与えられなかったりした選手の悔しさも分かっている。だからこそ、固定観念にしばられることなく、さまざまな立場の選手とフランクに接することができるのだ。日本代表でベテランの域に入ったころ、インタビューで新たに日本代表入りした後輩選手との接し方についてこんな話をしていた。「ああだ、こうだと言い過ぎるのも、かえって混乱するかなと僕自身は思っている。コミュニケーションなどはピッチ外の時間が多いので、食事のときに話すというのを積極的にやっていけば、自然にチームに入っていけると思う」。そうした自然体のスタンスはコーチとなった今も変わらないように思う。

新戦力の躍動に大きな期待がかかる

 新任の遠藤コーチが、近年のガンバ大阪が忘れかけていた「常勝の記憶」を呼び覚ます特効薬なら、新加入の選手たちは、2季目を迎えたスペイン人指揮官、ダニエル・ポヤトス監督のサッカーをさらに進化させるカンフル剤である。

 特に、ポヤトス監督の徳島ヴォルティス時代を知るMF鈴木徳真、MF岸本武流には、①ボールを支配し、ピッチ全体を支配する②巧みなポジショニングとコンビネーションでスペースを生み出し、スペースを生かす-など、細かな決め事があるポヤトス流サッカーの「ピッチ上の翻訳者」としての役割が求められる。

 昨季のガンバ大阪は開幕からの14試合でわずか1勝しか挙げられず、一時は最下位に低迷した。しかし、そこからの10試合は8勝1分1敗と快進撃を披露。ところが、残りの10試合は2分け8敗の未勝利と再び低迷し、最後は7連敗でシーズンを終えた。

 これだけ好不調の波が大きいチーム、乱高下の激しいシーズンも珍しい。5月末からの好調がその後も持続できていれば上位もうかがえたはずだが、8月下旬に急停止。特に、中盤の底のアンカーでボール奪取に奮闘していたイスラエル代表MF、ネタ・ラヴィが母国の紛争の影響もあってパフォーマンスを落とし、試合出場が減った終盤は、失点が止まらなくなった。結果的にJ1の18チーム中ワーストタイの61失点。試合の終盤に持ちこたえられなくなってゴールを割られるケースが目立った。90分間を耐え抜ける粘り強い守備の再構築は、今季の大きな課題である。そうした意味では、日本代表経験もあるDF中谷進之介にも大きな期待がかかる。

 12日に行われた新加入選手の記者会見。気の利いたプレーが持ち味で、セットプレーのキッカーも務めることができる鈴木は「強いガンバ大阪を見せるために、ピッチで勝利に貢献する姿を見てほしい。自分自身またもう一歩、成長したい」と強調した。鈴木とともにセレッソ大阪から移籍したDF松田力は右サイドバックを主戦場に魂のこもったプレーを披露する。白熱する「大阪ダービー」を念頭に「見て楽しく、勝ちにいけるサッカーをしたい。絶対にセレッソだけには負けたくない」と言葉に力を込めた。ほかにも、DF坂圭祐(大分トリニータ)、MF山田康太(柏レイソル)、FW山下諒也(横浜FC)に大卒新人のMF美藤倫(関西学院大学)、DF今野息吹(法政大学)、ユースから昇格したGK張奥林…。今オフは補強ポイントに沿って的確に実力者を加えた感がある。

 一方で、昨季26試合に出場したMF山本悠樹(川崎フロンターレ)や左サイドバックで一時代を築いたDF藤春廣輝(FC琉球)らが抜け、チームは大きく生まれ変わった。

 新生ガンバ大阪が目指すものは何か。ポヤトス監督は昨季の好調時、こう言って胸を張っていた。「チームは厳しい状況からはい上がってきた。でも完成度は30~40%かなと思う。ポヤトスの考えるサッカーはまだまだこんなものじゃない」。指揮官の言葉を信じるなら、完成形はとんでもないものになる。2024年は、新旧の選手たち、そしてユニホームを脱いで古巣に戻ってきたレジェンドコーチが、とんでもない姿を求めて奮闘するシーズンでもある。


北川信行

サンケイスポーツ大阪運動部編集委員。1968年生まれ、広島県出身。京都大学卒。1991年に産経新聞社に入社。プロ野球の阪神担当を経て2003年からサッカー取材。W杯、欧州選手権をそれぞれ2大会現地取材。主に関西のサッカーの現場に出没し、女子やシニアなど幅広くカバー。