「19年間のプロ生活を惜しみなく伝えたい」子どもたちに伝えることを通して感じたこと
―スペインからJリーグのユースチームに講演会をしていると伺いました、そのお話をお聞かせください。
丹羽:昨年末に、あるクラブの代表の方から、選手たちに対して、今までの経験やキャリアのことを話してほしいという連絡が来たのがきっかけです。ZOOMでスペインから1時間半ということでしたので、自分のキャリアを振り返ってパワーポイントを作りましたが、物事を伝えるということはとても難しいなと思ったのと同時に、伝え方が大事ということを実感しました。パワーポイントを作るにしても、ウィキペディアに載っているようなことをパパパっと書くのではなく、その時に思っていたことや今まで感じたことを書き足していきました。その講演会を機に自分のキャリアや経験を惜しみなく後世に伝えていきたいという気持ちが芽生えました。
―なぜですか。
丹羽:選手たちの反応を見たり、質疑応答などでセッションする中で、現役でプレーしながら話せるのは今しかないと思いました。Jリーグチームに所属していた時は、クラブ間で制限がありましたが、僕は今スペインのクラブに所属しているので、日本のどのクラブに対しても講演会をする事が出来るようになりました。
今までも講演会をすることに興味はありましたが、いざ実際に取り組んでみて、自分自身も勉強になるし、とても良い機会だなと感じました。
それがきっかけで、もっとたくさんのJクラブのユースやジュニアユースの選手たちに対して講演会を行い、成長するきっかけや何かを掴むヒントにしてもらえないかと思い、お世話になったクラブの方に連絡をさせていただきました。
今は、ガンバ、アビスパ、FC東京、徳島、大宮の選手たちなど、以前僕が所属した5クラブの育成の選手たちに対してZOOMを使って講演会を開催する予定です。
選手としてもそうですし、今後は指導者という立場も興味がありますので、今までの経験をまとめて言語化したり、文字化して伝えることで、自分自身の勉強にもなっています。選手たちに対して自分はどんなことが出来るのか、環境が与える影響力とは何なのか、どんなことをきっかけに選手たちは成長できるのかを考えています。1チーム30人くらいユースの選手がいる中で、1人でも2人でも変わってくれる選手がいてくれたら嬉しいですし、僕の19年間のプロ生活を惜しみなく伝えたいと思っています。
講演会の内容は、こちらから全て投げかけるのではなく、パワーポイントを使って質疑応答を入れながら進めていて、選手たちの反応や意見を聞きながら話しをしています。僕がガンバジュニアユースやユースの時にトップチームの方と挨拶する機会はありましたが、直接話せる機会は僕が育成時代の時は全くありませんでした。
当時はZOOMのようなアプリもなかったですし、プロの選手が隣で練習している姿を見るくらいしかできなかったので、今回の活動は今の時代だからできることであり、僕が育成時代に「こんな機会があったら良いな」と思っていた事を今、逆の立場になって実現させて頂いています。
―もともと子どもたちに何か伝えるということに興味はありましたか。
丹羽:自分がジュニアユースやユースの時に、プロの選手ともっと話したかったという想いがありました。Jリーグのクラブに所属している時はクラブ間の制限などがありましたが、スペインに来てその制限がなくなったので「是非やってみよう」と思い始めました。今後は需要があればJクラブに限らず、大学生や街クラブ、高校生などたくさんの選手たちに講演会をしたいと思っています。
―とても需要があると思います。
丹羽:「今、現役である自分が話す」ということが大事だと思っています。引退した後や、指導者になった後、コーチや監督になった後などに話すことよりも、スペインで現役としてプレーしている選手が話すことに一番価値があると思っています。今の自分の現状も含めて、同じ時間を過ごしているサッカー選手としてより伝わるものがあると思っています。
「人として社会で生きていくために必要なこと」講演会での大きなテーマ
―どんなことをお話しされていますか。
丹羽:もちろんサッカーの話もしますが、考え方だったり、キャリアアップに対して必要なことだったり、人として生きていく上で大切なことなどをお話ししています。メンタリティ的な話は多いかもしれません。
―具体的に教えてください。
丹羽:本人がどこを目指しているかが大前提として大事ですが、Jクラブの育成選手は基本的にはプロの選手を目指していて、そこから逆算した時に今何が必要なのかを伝えています。例えば、講演会の中で、「みんなは自分で練習前におにぎりを握って行った事はありますか?」という話をします。僕はジュニアユースの時に、毎日おにぎりを自分で握って練習に行っていました。そして、作る時には、「今日はフィジカルの練習が多いからオカズを多めに入れていこう」とか、「負荷の高い練習の日だから具は何を入れようかな?」とか考えながら毎日おにぎりを握っていました。自分で考えておにぎりを握ることで、毎日ご飯を作ってくれる方への感謝の気持ちや、食事が取れるありがたみを感じることができると思います。自分で何かやってみないと、物事のありがたみや大変さを感じることができません。それをわかりやすく表現したのが「おにぎりを握ったことがありますか?」という質問です。自分で握ることで、「今日はおにぎりのご飯の量が足りなかった」、「今日は多すぎた」などとかもわかるようになります。そして、僕は「プロの世界はそういった事の連続ですよ」と選手たちに伝えています。自分で考えて、自分で現実を打開していかないと誰も助けてくれません。そのことをジュニアユースやユースの年齢でより早く気付くことができれば、プロになった時に活躍できる可能性が高まるのではないかと思っています。ですが、「これをやったらプロで活躍できます」とかではなく、「こういった考え方をすれば、プロの世界で長くやっていける可能性が高まります」といった伝え方をしています。
―プロを目指していない、サッカーを楽しんでいるサッカー少年少女に向けてだったらどんな話をしますか。
丹羽:やはり人としての生き方や、物事の考え方ですね。ユースからプロになれる子は1人、2人で、ほとんどの子がプロにはなれません。
プロになれなかった場合、大学へ行ったり、就職したりする道がありますが、その場合も考え方は同じだと思っています。プロになろうがなるまいが、目を見て挨拶をする、人や物事に対して感謝の気持ちを持つ、真摯に生きる事など当たり前のことを当たり前にする事が大事です。
僕の講演会では、プロサッカー選手になるためにということよりも、人として社会で生きていくために必要なこと、というのが基本的なテーマになっています。
高校生年代からプロになる人、大学生になる人、社会人になる人、大きな分岐点の年だと思うので、社会に入る前に色んな考え方を自分の中に入れておけば、よりスムーズに生きていけるのではないかと思っています。その中でも壁にぶち当たることはあると思いますが、壁にぶち当たった時に僕が話した内容を少しでも思い出してもらって、壁を乗り越えるキッカケになったり、時間を極力かけずに前に進んで欲しいと思っています。
「試合の前日にはどういう食事をすればいいですか?」とか、「試合の前日の睡眠時間はどのくらいとればいいですか?」など、突っ込んだ質問をしてくれる選手もいるので、そういった質問に対しても、しっかり自分が経験してきたものをまとめて全て伝えています。
―どんな感想が届いていますか。
丹羽:僕は、「この講演会が終わった瞬間から、あなたの人生は変わります」という話をさせてもらっています。それがインパクトに残っているみたいで、「明日の練習に向けて準備をしました」とか、「自分の脳を整理してから睡眠につけました」という感想がありました。僕はそのフィードバックを聞くのがとても楽しいし、嬉しいです。人間はなかなか変わることができませんが、講演会をきっかけに変わってくれている人がいるのはとても感慨深いです。
人に出会って、本に出会って、出来事と出会う、という3つの出会いが揃って人は成長すると思っています。人間は一人では何もできません。僕自身も今後色んな人と出会って、いろいろな出来事を経験して、今まで読んだことのない本を探しています。今の時代はネットが便利になり、簡単に調べられたり、理解したとしても、それは自分にとっての本当の経験にはなりませんし、ネット上だけでは経験したかのような錯覚を覚えるだけです。
例えば、ネットや映像でサッカーの指導動画を見る時に、「この場面ではこういうプレーをしましょう」と言われることがありますが、「その試合のその瞬間あなたはピッチに立ってましたか?」と少し疑問に思うことがあります。「時間帯が何分だったのか」「相手との力関係はどうだったのか」「前節の結果がどうだったのか」「当事者の身体にケガや不調はなかったのか」など、ピッチの上ではありとあらゆるものが複雑に絡み合っています。
ある局面だけを切り抜いて「こうなったから、こうしましょう」というのは少し違うのではないかと思ってしまいます。複雑に絡み合った要素が全て折り重なって、そのプレーができたというのをわかって話すのであれば良いと思うのですが、切り抜いたプレーのみが説明されていることが多く、映像を見て、こうすれば良かったと思うのも一つの成長ではあると思いますが、本来大事な部分である前後の要素を無視している場合があると思います。その映像だけでは見えない前後の要素を含めてプレーの絵を描ける人が、良い指導者だったり良い選手になっていくのだと思っています。
「サッカーキャリアの中での一つの壁を超えられた」分岐点となった2月27日の試合
―最後に、現在のクラブの戦況を教えてください。
丹羽:残り1試合で、現在首位と勝ち点2差の位置に付けていてPlay-off進出は確定していて、優勝と自動昇格を狙える位置に来ています。現在2位でチームは良い状況であることは間違いないです。昇格と優勝がリアルに見えてきた中でここから自分の力を示すところなのではないかとも感じています。色々なプレッシャーがある中で、チームの雰囲気作りは一番意識しています。
良い雰囲気で練習ができていたら、良い結果にも繋がると思うので、プレッシャーはかけすぎず、気を抜かずに意識しています。
残り1試合最高の準備をして優勝&自動昇格が出来れば最高ですし、もし2位で終わってPlay-offに進んだ場合も勝ち進んで、昇格出来るように今の状況を全力で楽しみたいと思っています。
―2月27日の試合が分岐点だったとおっしゃっていましたが、詳しく教えてください。
丹羽:当時、3位と4位の直接対決だったのと、ホームでの試合でサポーターが今季一番入った試合でした。試合前からもメディアの方からも注目されているなという実感がありましたし、僕は今年の6月に契約が切れるので、この1月から4月くらいにかけてのプレーで来季の契約がどうなるか決まってきます。本当に欲しい選手であれば、1月の段階で契約延長の話があったり、2月3月の段階で話がまとまっているというのを聞いていたので、上位の相手に対して自分がどれくらいやれるのか、そして、いろいろな方にアピールするという意味も含めて大きな試合でした。その中で2対0で完封して、パフォーマンスも非常に良かったので、サッカーキャリアの中でまた一つ壁を乗り越えられたという実感がありました。
プロサッカー選手だとわかると思うのですが、「今日は自分のサッカー人生をかける試合だろうな」、「今日の試合で負けたら、今後のサッカー人生が危ないな」というのが肌感覚でわかる瞬間があります。それが僕の中では2月27日の試合でした。もちろん全ての試合が大切で、勝たなければいけないのは事実ですが、その中でも個人的に「この試合!」というポイントがあります。
いまだに覚えていますが、ガンバでは2014年のアウェイ広島との試合で、その試合がキャリアの中で一番の分岐点だったかもしれません。福岡ではホームで昇格した時の千葉戦が、心に刻まれています。今振り返っても、それらの試合はターニングポイントでした。
もしかすると「この試合は大事だな」ということに前もって気付ける選手が長くプロサッカー選手をしているのかもしれません。そこに気付けずに負けてしまって、「あ、この試合大事だったんだ」とクビになった後に気付いたり、戦力外になって引退した後に気付いて、「あの試合、こうしておけば良かったな」と思ってしまっている選手が、もしかしたら多いかもしれないですね。
―ぜひ、次回、その分岐点となった試合のお話を聞かせてください。