米大リーグ・ジャイアンツとマイナー契約を結び、米挑戦5年目を迎えた筒香。招待選手としてメジャーキャンプに参加していたが、3月13日にマイナー降格が決定。退団してフリーエージェント(FA)となり、新天地を探していた。メジャー球団からのマイナー契約の打診はあったものの、今回は日本復帰を決断。DeNAのほか巨人やパ・リーグ球団が獲得に乗り出し、最終的に2019年まで在籍した古巣を選択した。最初の2年は年俸3億円、3年目は変動制となる3年契約を結ぶに至った。
日本を代表するスラッガーの去就を巡り、報道も過熱した。筒香が日本復帰を決断したことが明らかになると、巨人・阿部監督が4月7日に獲得調査に乗り出していることを公言。それを受けて一部スポーツ紙が4月8日付の1面で巨人入りを「決定的」とし、DeNAとの「交渉はすでに終わり、復帰には至らない方向となった」と伝えた。しかし、その後にDeNA・萩原チーム統括本部長が「でき得る範囲の中で最大の条件を出して交渉を続けている」と発言し、DeNA報道に強いとされる日刊スポーツやサンケイスポーツが「筒香がDeNA復帰を決断」「契約合意」と報道。結果的に巨人入りを報じた一部スポーツ紙の担当記者がSNSで謝罪する騒ぎとなるなど、今回の移籍劇はファンや世間の大きな注目を集め、目まぐるしく状況も動いた。
条件面ではDeNA以上のオファーを出した球団もあったようだが、筒香はポスティングシステムでの移籍を容認した古巣への“恩義”に報いた。三浦監督とは現役時代にともにプレーし、家族ぐるみで付き合いのある間柄。2016年の現役引退時には、CS初進出を決めた9月19日の広島戦後に「俺、引退するわ」とチームの誰より先に決断を伝えられたほど特別な関係性でもある。「日本一になってもう一度胴上げしてくれ」という“三浦投手”の願いは当時かなわなかったが、時を経て監督と選手の立場となり、思いに応えるチャンスが自らの決断により巡ってきた。
では、果たして筒香はDeNAにとって悲願となっている26年ぶりのリーグ優勝、日本一に向けた切り札になり得るのか。まず、筒香の現状に目を向ける。
【筒香のNPB、MLB、米マイナーでの成績】
(数字は全て4月16日現在)
NPB:968試合出場、打率.285(3426打数977安打)、205本塁打(4.7試合に1本)、613打点、OPS.910
MLB:182試合出場、打率.198(557打数110安打)、18本塁打(10試合に1本)、75打点、OPS.630
米マイナー:149試合出場、打率.269(494打数133安打)、27本塁打(5.5試合に1本)、106打点、OPS.883
この成績から浮かび上がるのは、やはりMLBで苦戦したという事実だ。本塁打は10試合に1本程度。スラッガーとしては物足りないと言わざるを得ない。米球界で打者の評価基準として用いられ、.850以上が強打者の証しとされるOPS(長打率+出塁率)は.630にとどまった。一方で、マイナーではしっかりと成績を残している。32歳。NPBのレベルは3A以上MLB未満の「4Aレベル」と形容されることがあるが、決して最盛期を過ぎて戻ってきたわけではないことが分かる。
そこで考える必要があるのは、なぜ筒香はMLBで結果を残せなかったのかということだ。メジャーで日本選手初の本塁打王に輝くなど、打者単体としても圧倒的な数字をたたき出している「二刀流」の大谷翔平投手のNPB時代の打撃成績は「打率.286(1035打数296安打)、48本塁打、166打点、OPS.858」。積み重ねの数字で筒香が上回るのはプレー期間が長い以上当然だが、実はOPSも筒香が大きく上回っている。それでも、MLBでの結果にここまでの差が出たのは、やはり米国の野球に適応できたか否かに尽きるだろう。
パワー全盛のMLBではウェイトトレーニングが重視される傾向にあるが、筒香はその流れと対照的に、自身の哲学にこだわり、本塁打王&打点王に輝いた2016年以降はウェイトトレを封印。体の左右のバランス、変化を重視する独特な理論をベースに打撃と向き合っている。速球をパワーで打ち返すのではなく、相手の失投を逃さず仕留めるのが真骨頂。そのスタンスは残念ながらMLBの現状とマッチしなかった。
一つの例として挙げられるのが速球への対応力だ。MLBの公式データサイト、ベースボール・サバントによると、筒香は93マイル(約150キロ)以上の直球にメジャーで打率.194(108打数21安打)、2本塁打、44三振と苦しんだ。このデータをもとに、平均球速が上がっている今の日本でも苦戦するのではないかという言説がネット記事を中心に多く取り上げられている。
ただ、NPBの平均球速は2023年で146.6キロ。筒香のNPB最終年となった2019年の144.2キロから5年でアップしたのは2キロほどで、150キロを超えるMLBとはまだ差がある。打撃2冠を獲得した2016年は142.2キロと徐々に上がってきてはいるものの、より正確になった測定方法の違いも影響しているといわれる。客観的な数字を見ても、言われるほどNPBが“高速化”しているのかは微妙なところ。NPBの投手のレベルアップを根拠に、以前のような活躍ができないと決めつけるのは早計だ。
筒香は不運にも見舞われた。MLBに挑戦した初年度がコロナ禍による変則日程になり、3月半ばにオープン戦の中止と公式戦開幕の延期が決定。開幕が7月23日までずれ込み、レギュラーシーズンが60試合に短縮された。そもそも、筒香はプロで頭角を現すまで時間のかかった選手でもある。高校通算69本塁打の実績を引っ提げ、ドラフト1位の鳴り物入りで2010年にベイスターズに入団したが、初めて20本塁打を達成したのは2014年。本格的なブレークまでに5年ほどを要した。「逆(左)方向」を意識した打撃には高い技術とプロの投手への対応力が不可欠だが、筒香はなかなか結果が出ない中でも、そこにこだわって才能を開花させた。安易な道を選ばず、自らの理想を追求する“不器用な男”にとって、メジャー1年目に立ちはだかったコロナ禍の壁は、あまりに高いものだったといわざるを得ない。
日本で首位打者に輝いた秋山翔吾外野手も、やはり同2020年にメジャーに挑戦し、結果を残せず日本球界に復帰した。2022年のシーズン途中、マイナー契約を結んだパドレスでメジャー昇格がかなわずFAとなり、広島に移籍。6月27日に入団が発表されると、2軍での4試合を経て7月8日の中日戦(バンテリンドーム)で1軍昇格を果たし、移籍後初出場となった試合でいきなり適時打を放つなど3年ぶりのNPBに戸惑った様子を見せることはなかった。
一方で、その秋山も3年連続で打率3割、20本塁打を達成していた渡米直前の鮮烈な活躍ぶりからすると、現状の成績が物足りないのは事実だ。そこで、ここからはNPBに復帰した主な野手のメジャー移籍前後の成績を比較する。
【NPBに復帰した通算100本塁打以上の選手のMLB移籍前後の成績】
(上:MLB移籍前年、下:NPB復帰1年目、カッコ内はMLB通算、満年齢)
新庄剛志
阪神(28歳):131試合出場、打率.278、28本塁打、85打点、OPS.812
日本ハム(32歳):123試合出場、打率.298、24本塁打、79打点、OPS.835
(打率.245、20本塁打、100打点、OPS.668)
中村紀洋
近鉄(31歳):105試合出場、打率.274、19本塁打、66打点、OPS.858
オリックス(33歳):85試合出場、打率.232、12本塁打、45打点、OPS.701
(打率.128、0本塁打、3打点、OPS.350)
井口資仁
ダイエー(30歳):124試合出場、打率.333、24本塁打、89打点、OPS.943
ロッテ(35歳):123試合出場、打率.281、19本塁打、65打点、OPS.866
(打率.268、44本塁打、205打点、OPS.739)
城島健司
ソフトバンク(29歳):116試合出場、打率.309、24本塁打、57打点、OPS938.
阪神(34歳):144試合出場、打率.303、28本塁打、91打点、OPS.857
(打率.268、48本塁打、198打点、OPS.721)
松井稼頭央
西武(28歳):140試合出場、打率.305、33本塁打、84打点、OPS.914
楽天(36歳):139試合出場、打率.260、9本塁打、48打点、OPS.675
(打率.267、32本塁打、211打点、OPS.701)
岩村明憲
ヤクルト(27歳):145試合出場、打率.311、32本塁打、77打点、OPS.943
楽天(32歳):77試合出場、打率.183、0本塁打、9打点、OPS.475
(打率.267、16本塁打、117打点、OPS.720)
福留孝介
中日(30歳):81試合出場、打率.294、13本塁打、48打点、OPS.963
阪神(36歳):63試合出場、打率.198、6本塁打、31打点、OPS.630
(打率.258、42本塁打、195打点、OPS.754)
中島裕之(現宏之)
西武(30歳):136試合出場、打率.311、13本塁打、74打点、OPS.833
オリックス(33歳):117試合出場、打率.240、10本塁打、46打点、OPS.699
(MLBでの出場なし)
青木宣親
ヤクルト(29歳):144試合出場、打率.292、4本塁打、44打点、OPS.718
ヤクルト(36歳):127試合出場、打率.327、10本塁打、67打点、OPS.884
(打率.285、33本塁打、219打点、OPS.738)
秋山翔吾
西武(31歳):143試合出場、打率.303、20本塁打、62打点、OPS.863
広島(34歳):44試合出場、打率.265、5本塁打、26打点、OPS.746
(打率.224、0本塁打、21打点、OPS.594)
筒香嘉智
DeNA(28歳):131試合出場、打率.272、29本塁打、79打点、OPS.899
DeNA(33歳):?
(打率.198、18本塁打、75打点、OPS.630)
OPSでMLB移籍前を上回ったのは新庄と青木だけで、移籍前と同等以上の成績を残したのは、加えて城島くらい。日本復帰後に打撃タイトルを獲得した野手は一人もおらず、復帰2年目以降も含めるとスラッガータイプの本塁打率低下も岩村を筆頭に目立つ。この点では、同じく筒香が以前のような爆発的な長打力を発揮できるのか、やや不安はある。
ただ、年齢的なピークをMLBで迎えた選手が多く、マイナーで安定した成績を残してきた32歳の筒香と近似した例がないのも事実。筒香はNPB時代のOPSは9割超えと圧倒的で、これは福留以外の選手を上回っている。その福留は35歳時に阪神で日本球界に復帰。1年目こそけがの影響で63試合の出場にとどまったが、2014年から2019年まではレギュラーとして活躍するなど、成績こそ落としたが、十分に中心選手としての活躍を示した。
また、長く頂点から遠ざかっていたチームを悲願達成に導いた例も少なくない。新庄は日本ハムの44年ぶりとなる日本一を牽引。そのキャラクターも相まって絶大な存在感を示した。中村はMLBから復帰後、オリクスを経て移籍した中日でレギュラーを奪取すると、2007年の日本シリーズでMVPに輝くなど53年ぶりの日本一に貢献した。ロッテで復帰した井口は復帰2年目、2010年にリーグ3位からの日本一という「史上最大の下克上」を主役の一人として演出した。プレーのみならず精神面でも周囲を支えられる“メジャー帰り”の経験豊富な選手がチームに及ぼす影響は、やはり大きい。
オースティンが右太もも裏の肉離れで離脱し、ちょうど左翼、一塁のレギュラーが流動的にもなっているDeNA。精神面でも、戦力面でも、十分に期待できる裏付けはある。横浜の空高く-。あの応援歌が再びハマスタに響いた時、ベイスターズは1998年以来、26年ぶりのリーグ優勝、日本一へ、大きな推進力を得るはずだ。