スタート時の気温は9.6度、湿度22%。選手たちを妨げるような風はない。絶好のコンディションのなかで、今年も「グローバルスタンダード」のレースが繰り広げられた。

 男子のトップ集団は5㎞を14分16秒、10㎞を28分30秒で通過。トップ集団は早くも4人に絞られると、19㎞過ぎに王者・キプチョゲが遅れ始める。トップ集団は中間点を1時間00分20秒で通過した。

 27㎞過ぎにティモシー・キプラガト(ケニア)が抜け出すと、30㎞を世界記録ペースより23秒速い1時間26分14秒で通過。一時はリードを奪うも、32㎞手前でベンソン・キプルト(ケニア)が追いついた。38㎞過ぎにスパートしたキプルトが、大会記録(2時間02分40秒)を塗り替える2時間02分16秒(世界歴代5位)で優勝。2位のキプラガトも2時間02分55秒(世界歴代7位タイ)の好タイムをマークした

 キプルトのワールドマラソンメジャーズ制覇は2021年のボストン、2022年のシカゴに続いて3回目。「走りは本当に気持ち良かった」と笑顔を見せると、好記録についても、「コースレコードを出せましたし、幸せです。世界記録を破ったとしても不思議ではありません。そういう準備をしてきましたから」と今後への〝期待〟を感じさせた。

 一方、大会記録保持者だったキプチョゲは10位に終わった。「スポーツはいい日もあれば悪い日もある。毎日がクリスマスではないということだ。今日の教訓を明日への糧としていくまでです」と語っていた。

 女子のトップ集団は中間点を1時間08分15秒で通過すると、注目のハッサンが25㎞過ぎに集団から大きく遅れ始める。トップ争いは前回覇者のローズマリー・ワンジル(ケニア)、ブダペスト世界選手権女王のアマネ・ベリソ・シャンクレ(エチオピア)、2時間18分12秒のベストを持つストゥメ・アセファ・ケベデ(エチオピア)に絞られた。

 40㎞過ぎに3人のなかではキャリアで劣るケベデが果敢にアタック。大会新&世界歴代8位の2時間15分55秒でゴールテープに飛び込んだ。「大変な駆け引きがあって、できる限りのスパートを心掛けました。優勝は大変うれしいです。ハーフまでは大会記録を破ることも考えていませんでした」と自己ベストを2分17秒も塗り替えた自身の快走に驚いている様子だった。

 2位はワンジルで自己ベストの2時間16分14秒、3位はシャンクレで2時間16分58秒。ハッサンは2時間18分05秒の4位でフィニッシュした。

日本人トップは男女とも涙のゴール

 男子の日本勢はMGCファイナルチャレンジの対象レースになっており、設定記録(2時間05分50秒)の突破を目指した。しかし、思うようにペースが上がらなかった。

 5㎞は14分55秒、10㎞は29分45秒。選手たちに〝焦り〟があったのかもしれない。19㎞過ぎにはオレゴン世界選手権代表の西山雄介(トヨタ自動車)らが転倒した。

 日本人トップ集団は中間点を1時間02分55秒、30㎞を1時間29分15秒で通過。ペースメーカーが離脱した後、西山が33.3㎞過ぎに浦野雄平(富士通)をかわして日本人トップに浮上する。34.5㎞ではキプチョゲも抜き去り、パリを目指して突き進んだ。

 「30㎞で一度きつくなったんですけど、自分のベースで落ち着いて走りました。浦野選手を抜いた後が大事だなと思っていたので、そこからどれだけ押せるかが勝負でした」

 西山は30㎞からの5㎞を15分03秒で激走したが、次の5㎞は15分31秒とペースダウン。日本歴代9位の2時間06分31秒でフィニッシュするも、MGCファイナルチャレンジ設定記録に41秒届かなかった。

 レース後は、「オリンピックに行きたかった。その一言です」と涙があふれた。

 他の日本勢は其田健也(JR東日本)がセカンドベストの2時間06分54秒で11位。3年連続の日本人2位を確保した。昨年12月の福岡国際マラソンに続いての出場となった細谷恭平(黒崎播磨)も2時間06分55秒のセカンドベスト。30㎞を22位で通過しながら、終盤上げて13位に入った。

 日本記録保持者の鈴木健吾(富士通)は30㎞以降に大きくタイムを落として、2時間11分19秒の28位。前回日本人トップだった山下一貴(三菱重工)は2時間17分26秒の46位だった。

 女子は新谷仁美(積水化学)が日本記録(2時間18分59秒)の更新にチャレンジした。しかし、前半から予定したペースに乗ることができず、中間点の通過は1時間09分52秒。そこからペースを上げるも、終盤はペースダウンして、2時間21分50秒の6位でレースを終えた。

 「ハーフを通過したときに焦ってしまい、25㎞までに(脚を)使い果たしてしまった部分もあると思います。単純に結果が出なかったということで、それ以上でも、それ以下でもありません。本当にただただ力不足だったなと思います」

 新谷は涙を浮かべながら、「今後も可能性があるなら狙っていきたい」と日本記録への再チャレンジを誓っていた。

 レース後の記者会見では、「残念ながらキプチョゲ選手とハッサン選手は皆さんが期待した走りではなかったと思いますが、男女ともコースレコードが誕生しました。パーソナルベストを出す上位選手もいましたし、見所がすごくあったと思います」と早野忠昭レースディレクターは今大会を評価した。男女とも世界歴代上位の記録が刻まれ、世界のマラソンシーンでTOKYOの価値がさらに上がったことだろう。

 なお2012年からレースディレクターとして東京マラソンを支えてきた早野氏は来年度から東京マラソン財団の理事長に専念。今後は大嶋康弘氏(現・レースディレクターアシスタント/日本大学スポーツ科学部教授)が「グローバルスタンダードのレースを国内で見せる」(早野氏)というミッションを引き継いでいくことになる。

 東京マラソンで男子はMGCファイナルチャレンジが終了。パリ五輪日本代表にはMGCで「2位以内」に入った小山直城(Honda)と赤﨑暁(九電工)に続いて、MGC3位の大迫傑(Nike)が内定した。大迫は4月のボストンマラソンに「予定通りに出る予定」で、パリ五輪についても「出場する予定です」と自身のYouTubeで明言した。

 女子は1月28日の大阪国際女子マラソンで前田穂南(天満屋)が2時間18分59秒の日本記録を打ち立てて、MGCファイナルチャレンジ設定記録(2時間21分41秒)を悠々突破。3月10日の名古屋ウィメンズマラソンでは同設定記録を安藤友香(ワコール)と鈴木亜由子(日本郵政グループ)がクリアするも、前田の記録には届かない。パリ五輪にはMGCで「2位以内」に入った鈴木優花(第一生命)と一山麻緒(資生堂)、日本記録保持者の前田が向かうことになる。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。