男子は五輪3連覇を目指すキプチョゲが登場

 男子は〝生きる伝説〟ともいえるエリウド・キプチョゲ(ケニア)が再び、東京の街を駆け抜けることになる。2年前の2021大会(2022年開催)に初出場。当時の男子マラソン世界記録保持者は、2時間02分40秒の国内最高記録&コース新記録の快走を見せている。

「キプチョゲ選手は昨年の春からお声がけしていました。4月のボストンで6位(2時間09分23秒)に終わり、現在は一番のプライオリティを五輪の3連覇に置いているそうです。今回はキプチョゲ選手中心のレース作りを考えていますが、ベルリンほど手厚く選手をサポートしているわけではありません。彼も世界記録を狙うようなレースは期待していないと思っています。とはいえ自身が持つコースレコードを破るくらいの走りをしないと、五輪の3連覇を実現するのは難しいでしょう。東京で2分台前半、あるいは1分台。そういったレースをしたいんじゃないでしょうか」

©TOKYO MARATHON FOUNDATION

 キプチョゲの状態次第だが、今回は国内最速ペースでレースが進むことになりそうだ。世界歴代2位の2時間01分09秒を持つ百戦錬磨といえども、今回の東京を制するのは容易ではない。海外から勢いのある猛者たちが参戦するからだ。

「他にも2時間3分台のベストを持つ選手を2名招待しています。キプチョゲ選手もウカウカできないと思います。2時間02分30秒ぐらいだったら、若い選手が出すかもしれませんよ」

 中でも注目は、第1回の東京レガシーハーフマラソンを制して、昨年のベルリンで2位(2時間03分13秒)に食い込んだヴィンセント・キプケモイ・ゲティッチ(ケニア)か。「ここでキプチョゲに黒星をつけたら相当自信になるでしょう」と早野理事長も熱視線を送っている。国内レースで2時間4分切りを果たしている3選手が出場するハイレベルな大会ということで、 日本勢はどう臨むのか。

日本勢は〝2時間05分50秒切り〟に挑戦

 男子は日本代表選考レースになっており、MGCファイナルチャレンジ設定記録(2時間05分50秒)を突破した記録最上位がパリ五輪代表内定となる。

 2時間04分56秒の日本記録を持つ鈴木健吾(富士通)、前回2時間5分台をマークした山下一貴(三菱重工)と其田健也(JR東日本)。それから2時間6分台の自己ベストを持つ細谷恭平(黒崎播磨)、西山和弥(トヨタ自動車)、池田耀平(Kao)らが〝2時間05分50秒切り〟にチャレンジすることになる。

「日本人選手は第1集団にはついていかないんじゃないでしょうか。第2集団は日本人選手の目標タイムに合わせて2時間4分台後半から2時間5分台前半のペースになるかと思います。東京は前半が下りなので、イーブンペースでは設定記録を破るのは難しい。前半に貯金を作って、後半どこまで粘れるのか。今回、2時間05分50秒を切って、パリ五輪にいく選手が出てくれば、本番でも期待ができると思いますよ」

 4年前の東京マラソンでは大迫傑が日本記録(当時)となる2時間05分29秒をマークして、東京五輪で6位入賞を果たしている。今回も五輪のヒーローが東京から誕生するかもしれない。

鈴木は2年前の東京で2時間05分28秒の激走を見せているが、どこまで調子を上げてくるのか。前回、日本人トップに輝いた山下は自己ベストを1秒でも更新すれば、設定記録のクリアとなる。いずれにしてもパリ五輪の代表をつかむために、東京で劇的ドラマが繰り広げられることになるだろう。

女子はハッサンと新谷に注目!

 女子は〝トラックの女王〟が参戦する。2019年のドーハ世界選手権で1500mと10000mという変則2冠に輝き、2021年の東京五輪で3つのメダル(1500m銅、5000m金、10000m金)を獲得したシファン・ハッサン(オランダ)だ。

 マラソンは30歳を迎えた昨年4月のロンドンで初挑戦。途中2度立ち止まりながら、2時間18分33秒で優勝した。8月のブダペスト世界選手権は中長距離3種目に出場すると、約6週間後のシカゴで快走する。世界歴代2位となる2時間13分44秒を叩き出したのだ。

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「ハッサン選手の出場については、多くの方から『ビックリしました』と言われています(笑)。トラックでは世界を何度も驚かせてきましたが、シカゴマラソンの走りもビックリさせられました。ハッサン選手を東京で観たかったので、私も非常に楽しみです。パリ五輪はどの種目に出るのか。気になる方はたくさんいると思います。私にはわかりませんが、この段階で東京に出てくることは何かのメッセージかもしれませんね」

 他にもブダペスト世界選手権の女王で2時間14分58秒の自己ベストを持つアマネ・ベリソ・シャンクレ(エチオピア)、前回2時間16分28秒で制したローズマリー・ワンジル(ケニア)らが優勝を狙っている。男子同様、ハイレベルの戦いになるだろう。

 日本勢では2時間19分24秒のタイムを持つ新谷仁美(積水化学)の実力がずば抜けている。

「第2集団は日本記録を狙っている新谷選手に合わせるようなかたちになると思います。2時間18分30秒ペースでいくのか、2時間17分台ペースなのか。彼女の状態次第ですが、スピードは十分にある選手です。日本記録の更新にこだわらず、もっと上を目指してほしいですね」

新谷は1月28日の大阪国際女子マラソンで30㎞までペースメーカーを務めた。同大会では、前田穂南(天満屋)が18年4か月ぶりに日本記録を更新する2時間18分59秒をマーク。新谷の闘争心に火がついたことだろう。再び、日本記録が塗り替えられるかもしれない。

進化を続ける東京マラソン

 東京マラソンはトップ選手だけでなく、出場する3万8000人にそれぞれのドラマがある。そのなかで近年、人気を集めているのが 10万円以上の寄付(現在は寄付先団体により異なる)で、出走を希望された方が出場できる『チャリティランナー』だ。チャリティ制度導入当初は、寄付金文化が根付いていない日本にとっては、馴染みが薄かったが、近年はまったく違う状況になっている。

「当初は1000名の募集でもなかなか集まりませんでした。少しずつチャリティ定員 を増やすことができて、近年は 5000名の定員に達するんです。日本もチャリティに対する理解が深くなったと思いますね。将来的にはもう少しチャリティ定員 を増やして、スポーツの力で世の中を元気づけて、いろいろなことに貢献していきたいです」

 東京マラソン2024では、過去最高額となる8億6千8百万円余りの寄付金が集まった。その寄付先は40事業にも及び、寄付者自身が選ぶことができる。走れる幸せが誰かの幸せにつながっていく。もちろん寄付のみでもOKだ。東京マラソンはただのスポーツイベントではなく、社会的にも大きな役割を担っている。

 それから外国人ランナーの参加も増加中。前回は約1万2千名が出場したが、今回はもう少し増えそうだという。東京マラソンは海外からも注目を浴びており、TOKYOの魅力を発信する〝場所〟にもなっている。

 また2022年からは東京レガシーハーフマラソンを開催。国立競技場を起点としたスタート・フィニッシュという最高に気持ちいいレースも人気を集めている。東京レガシーハーフマラソンを経て、東京マラソンに挑戦したいと考える市民ランナーも増えていきそうだ。

 ワクワクがとまらない東京マラソンは、2027年に第20回大会を迎えることになる。まずは3月3日のレースを楽しみにしたい。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。