世界のパラアスリートの生活ぶりは?

――番組で取り上げた選手はどのように決めていったのでしょうか?

WOWOWのフィロソフィーである“世界最高峰のエンターテイメント”を見せたいと思い、まず最初に圧倒的な実績を誇るアスリート何十人かをリストアップしたのを覚えています。しかし、国枝慎吾選手は別としても、たとえトップアスリートであっても、日本における認知度は「0」という前提に立った方が正解だろうと思っていました。だから、シーズン1はわかりやすい競技とわかりやすい実績で選びました。水泳、(ブラインド)サッカー、(車いす)テニス、(シッティング)バレーボール、陸上…。多くの人がそのルールを分かっている競技です。あとはメダルの数、何連覇したか、イラン人女性として初めて金メダルを取った人…といった具合です。シーズン1はとにかく伝えやすさを意識しました。

――取材はどれくらい時間をかけているんですか?

選手によってバラつきはありますが、1選手あたり100時間ぐらいは取材すべく、常に8クルーが世界中を飛び回っています。海外の場合、5日から1週間ぐらいのサイズの取材を大きく2回行います。最初、日頃のトレーニングや生い立ち、どういう目線で今トレーニングしているのかを取材しながら、技術的な課題だったり、ケガの治療だったり、ライバルの存在だったり、彼らがどういう思いで日々を過ごしているのかをきちんと把握して、数ヶ月置いて、“その後”を撮るイメージです。シーズン1の場合は、リオパラリンピックという絶対的なゴールがあったので、そこまでを追いました。

フルタイムで働くボスニアのシッティングバレー選手も

――太田さんが見た世界のパラリンピアンの暮らしぶりはいかがですか?

とても恵まれた環境にいる選手もいましたし、そうでない選手もいました。ボスニア・ヘルツェゴビナのシッティングバレーボール代表の金メダリスト、サフェト・アリバシッチ選手は、プールの事務職員としてフルタイムで働いていましたし、他にもまだまだ競技に専念できない選手も少なくなかったです。かたや、スポンサーがたくさんついていて、オリンピアンと変わらない待遇の選手もいます。

――最も成功している選手は誰でしょうか?

水泳のダニエル・ディアス選手(ブラジル)は別格でした。何より実績がすごい。パラリンピックのメダル24個のうち14個が金。「泳げば金」って感じですね。インタビューの時、彼のポロシャツには、F 1レーサーかと思うくらいスポンサーのロゴが付いていて、驚きました。サンパウロ郊外にある素敵なご自宅で生活されていましたね。

「何かメッセージはありますか」と聞くと、「水泳でみんな笑顔にしたい」と言うのです。「笑顔は人を幸せにする。僕は水泳を通して人を幸せにしたいし、この笑顔は人に育ててもらったのだから、これほど嬉しいことはない」と。人格者というか、人としての魅力というか、すべてがスーパースターでした。

韓国とタイは、パラスポーツ専用のナショナルトレーニングセンターがあって、居住スペース付きでとても規模の大きいものでした。国の代表に選ばれると、トレーニングはもちろん、食事や生活面まで国が支えてくれるのです。その代わり、競技で結果を出せなかったら、そこには残れない。代表に選ばれ続けることにはタフさが求められます。

オーストラリア、アメリカは、環境としては進んでいるな、という気がします。近年、オリンピック・パラリンピックを開催しているという事情も影響しているのかもしれません。ただ、一番大きいのは、人の心にバリアないことです。パラアスリートを特別扱いしていないように思えました。

エリー・コール選手

オーストラリア、アメリカはバリアフリー先進国

――それは国全体の雰囲気ということでしょうか?

僕はそう思いました。例えばオーストラリアでは、義足の人が短パンをはいて街中を歩いている光景がありました。日本では、街でそういう方にはあまり会うことはないですよね。でもそれは、社会側の問題だと思うようになりました。

(ロンドン&リオ大会の水泳金メダリストの)エリー・コール選手は日々、民間のジムで筋トレしていました。片足義足の彼女がジムに入ったときに、これは私の想像ですが、日本の社会だときっと「二度見」か、「あえて見ない振り」をする人が多いと思うんですけれども、「ハイ、エリー! 元気?」という感じで、とても気さくに接しているのです。エリーも義足をつけて筋トレや懸垂をやっていますが、そこには違和感もないし、ネガティブな雰囲気なんてまったく感じられません。そんな光景を見ると、これは社会側の問題だなと思うんですよね。逆に言うと、一般の方々はエリーを「支援してあげている」とさえ思っていないのだとも感じました。

ちなみにオーストラリアでは、AIS(オーストラリア国立スポーツ研究所)というトップアスリート育成機関があって、パラリンピアンもオリンピアンと一緒にトレーニングしています。とても厳しいトレーニングを求められるのも事実ですが、オーストラリアはすごいなと思いました。

――そういう海外事情を見ると、日本の環境はまだ足りない?

競技による気がしますね。例えば、国枝選手やアルペンスキーの森井大輝選手の場合は、所属企業やスポンサーなどからのサポート体制もしっかりしています。もちろん、全員がそうではないし選手も周囲も努力しなければいけない部分もあるでしょうが、個人的には日本が駄目だとかは思わないです。

太田慎也チーフプロデューサー

――パラスポーツへの注目度、関心度はいかがですか?

海外の選手たちはとにかく東京パラリンピックに期待しています。話をしていると、「日本って、すごいらしいね。組織委員会の中で最初からオリンピックとパラリンピックが一緒なんだってね。2020年はすごくアメージングな大会になるって聞いているぜ」と言うんです。

バリアフリーに関しては、もちろん課題もあるし、100点満点になることは難しいんでしょうけれども、日本に暮らす人たちの文化とホスピタリティをもって迎えれば、何の問題もない気がしています。でもやはり、周囲の意識、心のバリアっていう点では、まだまだ残念な部分も多く残っている気がしています。彼らはかわいそうな人だとか、応援しなきゃいけないものと、社会が思っていたら、いつまで経っても変わらない気がしますよね。
(続く)
次回は「注目のパラアスリート」

「WHO I AM」の特設サイトシーズン1、2の本編(全16番組)は無料で観ることができる。

「WHO I AM」とは?
正式名称「IPC & WOWOW パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM」。WOWOWと国際パラリンピック協会(IPC)が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの5年間にわたって、世界最高峰のパラアスリートたちに迫るパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ。 

勝負の世界だけでなく、人生においても自信に満ちあふれる彼らが放つ「これが自分だ!=This is WHO I AM.」という輝きを描く本シリーズは2018年、世界最高峰のテレビ賞「国際エミー賞」にノミネートされるなど国内外で高く評価されている。

太田慎也(おおた・しんや)
大阪府吹田市出身。2001年WOWOW入社。編成部でスポーツ担当やドキュメンタリー企画統括を経てドキュメンタリー番組のプロデューサーに。日本放送文化大賞グランプリやギャラクシー賞選奨を受賞。「WHO I AM」では国際エミー賞ノミネート、アジア・テレビジョン・アワードノミネートの他、ABU(アジア太平洋放送連合)賞最優秀スポーツ番組、日本民間放送連盟賞 特別表彰部門 青少年向け番組優秀(2年連続)などを受賞。


平辻哲也