寒い試合内容を一変させたメッシ

 ヴィッセル神戸との試合は、防寒着を着ていても体が震える寒さの中で行われた。ベンチスタートだったメッシが登場しなかった前半、インテル・マイアミはサウジアラビアで2試合、香港で1試合をこなして疲れが出ていたのか、試合内容もお寒いものだった。

 点取り屋の元ウルグアイ代表FWルイス・スアレスはほとんど見せ場なく、FCバルセロナでメッシと共に黄金期を築いた元スペイン代表MFセルヒオ・ブスケッツは、神戸の大迫勇也との接触でわずか前半19分で負傷交代すると、神戸の堅い守備にあったインテル・マイアミのサッカーはますますつまらないものになっていった。

 神戸がチャンスを作り、スタジアムが沸くシーンはいくつかあったが、大きく盛り上がる場面といえば、大型モニターにベンチに座るメッシが映し出された時くらい。時折子供の声と思われるメッシコールが起こっていたが大きなムーブメントにはならず、観戦者らには寒さが身に沁みる前半だった。

 しかし、そんな寒さに震える観客たちを温めてくれたのがメッシだった。後半15分にメッシが途中出場すると、一瞬にして国立競技場のボルテージがヒートアップ。そして、メッシは絶妙なパス交換や巧みなステップ、惜しいシュートなど、わずか30分の間に次々とチャンスを演出し、観客を楽しませてくれた。試合は0対0と両者得点を奪うことなく終了し、PK戦の末に神戸が勝利したものの、メッシ見たさに国立競技場に足を運んだファンにとっては十分満足だったといえる。とはいえ、やはり大きく目立った空席は、メッシに釣り合わない光景ではあった。

ギリギリになって動き出したプロモーション

 なぜここまで人が集まらなかったのか。メッシを見る価値が日本で下がっているとはとても思えない。平日の夜だろうが、大雪直後の体感気温0度近くだろうが、はたまたインテル・マイアミの日本国内での知名度の低さがあろうが、メッシは今なお世界最高峰のサッカー選手である。メッシを生で見たかった人は日本でもっと多くいたはずだ。

 明らかに言えるのは、試合のプロモーションの初動の遅さだろう。チケットの一般販売自体は昨年12月22日から始まっており、メッシ好き、大のサッカー好きは当然チェックしていた。しかし、それ以外のいわゆるミーハー層やライト層は、試合の存在に気づきにくかったのではないか。彼らがチケットを買ってくれないと、さすがに空席は埋まらなかったはず。

 価格についても、昨年問題になった海外ビッグクラブ来日ツアーの高額チケット騒動の反省があるのか、1万円台のチケットのバリエーションが多めに用意されていたこともあり、スタジアム全体における該当カテゴリー(安価チケット)の客席には当然多くの観客が座っていた。それでも満席とはなっていなかった。スタジアムのバックスタンド側にある2万円台、3万円台のカテゴリーの客席は明らかに空席が目立っていた。

かなりの空席が目立った国立競技場のスタンド席(筆者撮影)

 試合の告知がなかなか進んでいないのかと思わされたのが、試合日の約2週間前から突如X(旧Twitter)をはじめとするSNS上でインテル・マイアミ対ヴィッセル神戸の特設アカウントのプロモーション投稿を目にする機会が増えたこと。多くのサッカーファンがそこで初めて「2月7日にメッシの試合が東京である」ことに気づいたのではないか。公式アカウントからのプロモーション投稿が表示された直後は、いいね数やリツイート数が非常に少なく、フォロワー数も筆者自身が最初に見た時点では4桁にすら及んでいなかった。正直なところ、このアカウントは本物なのかと疑ってしまうほどだった。

 時を同じくして、DAZNでCMが流れるようになったり、さらには地上波の番組で無料招待チケットのプレゼントキャンペーンが行われたりするなど、直前で一気に宣伝活動が行われていった。楽天チケットのみでの取り扱いだったのが、約1週間前になってTBSチケットでも購入できるようになったりと、主催者側が慌ててテコ入れをしたことが見て取れる。

 もう一つ物議を醸したのが、楽天チケットで購入する際に取られる「カスタマーフィー」だ。最終的にはTBSチケットでも取り扱ったが、当初は楽天チケットでのみでしか購入できなかった。チケット購入の際に「購入時、チケット代の他に楽天チケットのカスタマーフィーとして11.6%が必要となります」という但し書きがあった。これは、例えば2万円のカテゴリー席を購入すれば、単純計算で2320円を取られる計算。ただでさえ高額チケットな上に、これだけの“追加料金”をとるのであれば、せめてカスタマーフィー込みの価格を表示すべきではなかったかと疑問を抱いた。これについては、各方面からも販売当初から指摘されていたが、消費者目線では不信に感じるやり方だといえる。

 チケットの販売と同じく、当日の試合中継の交渉もまとまらなかった。 地上波テレビ局、CMが放映されたDAZNでは中継されず、試合日直前にインテル・マイアミの公式YouTubeチャンネルでの生配信が公表されたのみだった。公表のタイミング的にも、最後まで各方面との交渉が行われていたものの、最終的にやむなくクラブの公式YouTubeチャンネルのみでの配信という結論に着地したことが窺えた。お陰で世界中のサッカーファンは無料視聴できて大喜びだったのか、常時5、6万人が同時視聴していた。

前日の公開練習も寂しいものに

 試合前日の2月6日には、高額チケットの購入特典として、インテル・マイアミの公開練習の見学ができた。「スペシャル エクスペリエンス チケット」と銘打ち、下は10万円から上は300万円と段階的な金額設定がなされており、高額ほど様々な豪華特典がついていた。中でも、メッシと直接触れ合うことが確約された300万円のチケットは早々と完売していた。練習見学と試合当日のラウンジ利用の特典があった10万円のチケットも売れていたが、千葉のJFA夢フィールドでの前日練習を訪れていたファンの数は、ピッチサイドにいたわずか40〜50人ほど。メッシやスアレスなど、超一流の選手たちがピッチに登場して間近で練習する姿を見られる貴重な場であったが、なんとも悲しい現実だった。そんな寂しい風景に「チケット購入者の数からすると本来あそこがびっしり埋まっていたはずなんですが…」と、担当者は首を傾げていた。

 ちなみに、香港でのインテル・マイアミの公開練習(2月3日)は580香港ドル(約1万1千円)や780香港ドル(約1万5千円)などで売られ、収容人数4万人の香港大球場は観客で溢れかえっていた。

試合前日の公開練習に集まったファン(筆者撮影)

ツアーを仕切っていたのはあのイニエスタの会社

 香港で行われた2月3日の公開練習では、観衆から大歓迎されたインテル・マイアミ。ただ、2月4日の試合では、コンディション不良を理由にメッシは出場しなかった。試合のチケットが高額だったこともあって、4万人の大観衆が怒り爆発し、ベッカムによる場内挨拶ではスタジアムに集まった観客から大ブーイングが浴びせられた。さらには、香港だけでなく中国本土の人々の怒りも大爆発。SNS上ではメッシに対する罵詈雑言が飛び交い、さらにはメッシのサイン入りユニフォームを破り捨てたり、プロモーション用と思われるメッシの看板に蹴りを入れたりする動画がSNSで拡散されるほどだった。

 結果的に、香港で試合を企画したタトラー・アジアは、試合のために申請していた1600万香港ドル(約3億円)の補助金の申請を取り下げる羽目になってしまった。さらには、中国で行われる予定だったアルゼンチン代表の親善試合2試合が、メッシ欠場の“報復”で中止になった。

 日本でのインテル・マイアミとヴィッセル神戸の一戦は、FCバルセロナ、ヴィッセル神戸でプレーした元スペイン代表アンドレス・イニエスタが共同創業した会社「NSN(Never Say Never)」が担当した。イニエスタとメッシとの関係を思えば、最初からNSNに決まっていたかというと、そうでもなかったという話もある。ただ、NSNが過去に日本で行った大型サッカーイベントの実績といえば、昨年6月8日に開催されたヴィッセル神戸対FCバルセロナの一戦くらいだろう。実績面での乏しさもあったのか、今回のイベントでは大手広告代理店がNSNを支援していた。プロモーションが思うように進んでいなかったことについて、現場にいた大手広告代理店の担当者にたずねると「話すのは難しい…」と何らかの理由で進めづらかったことを感じさせた。もしかしたら、インテル・マイアミやNSN側との連携に苦労したのかもれない。

オーナーのベッカムがドタキャン

 他にも興味深いシーンに出くわした。2月6日の来日記者会見でのこと。当初、メッシやセルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバ、ルイス・スアレスの元バルセロナ時代の同僚4選手に加え、ヘラルド・マルティーノ監督、さらには現役時代は元イングランド代表の世界的人気選手であり、現在はインテル・マイアミの共同オーナーを務めるデビッド・ベッカム氏の6人が登壇予定だった。ところが、会見予定10分前になって急遽メッシ以外の5人が出席キャンセルとなったことが報道関係者に伝えられた。特にベッカムは会見をドタキャンしたにも関わらず、同日にカタールで行われたアジアカップ準決勝「ヨルダン対韓国」を現地観戦している姿が試合中継で映し出されており、香港での騒動についてメディアに質問されることを恐れてドタキャンしたのでは、とも憶測された。のちにイベント関係者に話を伺うと、「ベッカムはそもそも来日すらしていなかった」とのことだった。

 香港での事態を考えれば、メッシだけでなくチームオーナーであるベッカムも東京での来日記者会見に立ち、しっかりとオープンな場でクラブとしての表明を行うべきだったはずだが、結果的にはメッシ1人だけが登壇。海外メディア東京支局の記者から香港の件について問われたメッシは「運が悪かった。内転筋をMRI検査して怪我ではなかったが違和感があった。プレーしたかったけど、残念ながら難しかった。香港で楽しみにしてもらっていたので、何らか機会を設けて今度こそ香港で出場したい」と答えていたが、メッシ1人で矢面に立つことになっていて気の毒ではあった。

たった一人、会見に登壇したリオネル・メッシ(筆者撮影)

 ただ、メッシがどんなコメントをしようとも、香港や中国では火に油で、翌日の試合で途中出場すると、すぐさま中国のSNS上で大きな話題となり、一時はメッシ関連のキーワードがランキング上位を占めるほどだった。

 さらに、筆者が目撃した興味深いことといえば、来日記者会見で香港の試合不出場の質問が飛び出した時のこと。会見場の横に立つNSNかインテル・マイアミの関係者と思われる人物が、何かを悔やんでる様子で壁に頭を当てていた。香港の件についての質問が飛んだからなのかは不明だが、会場での主催者側の人間の会見中の振る舞いとしては奇妙に映った。また、その直後に司会者がうっかり質疑応答を進めようとしたところ、会場の後方から「もう終わりだよ!」と怒号が飛び、会場内が一瞬凍りついた。会見終了後、しばらくするとNSNのスタッフ一団が集まって円になり、その中心でジュエル・ボラス社長が檄を飛ばしており、表情は険しかった。

それでも世界中の人々を惹きつけるメッシ

 当日の試合開始前、スタジアムを訪れていたファンたちに声をかけてみたところ、メッシを見られない可能性があるにも関わらず、「香港で出なかったので、出てこない可能性が高いかもしれないですが、それも覚悟の上で来ました」(神奈川県から子供を連れて観戦に訪れていた男性)というように、他にも同様の声を聞いた。また、「昨年も(パリ・サンジェルマンの来日ツアーで)ネイマールが出なかったので、メッシ欠場もあるだろうなと思ってます」(埼玉から来た男子大学生二人組)と、“耐性”が備わっている人までいた。

 他にも、日本に定住する留学生などを含む日本在住外国人や、日本に旅行中の外国人観光客も多く見かけた。試合開始1時間ほど前、記念写真を撮っている外国人グループがいたので声をかけてみると、ネパール人だった。日本で働いている留学生たちで、滋賀県、愛知県、埼玉県と各地から集まってきたという。「メッシを見られるのが最後かもしれないから!」と笑顔で答えてくれた。

 ちなみに、1年前の昨年6月8日に国立競技場で開催されたFCバルセロナ対ヴィッセル神戸でも、日本在住の外国人が数多く観戦に訪れていた(こちらもNSN仕切りの来日ツアー)。インド人の母親と娘の二人組にスタジアム内で話を聞くと、「メッシが好きでバルセロナの試合を見に来ました」と話してくれた。

 こういった熱狂的なメッシファンが、関東圏だけでなく日本中に数多く存在することからも、今回のインテル・マイアミ来日ツアーは実にもったいない一戦となった。


大塚淳史

スポーツ報知、中国・上海移住後、日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局に勤務し、帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。スポーツ、芸能、経済など取材。