なかでも現役8位の通算136ホールドをマークしている左腕の嘉弥真を獲得したのは大きい──。そう指摘するのは、ヤクルトを皮切りにメジャーリーグ、ソフトバンク、再びヤクルトと日米で23年間にわたって投手として活躍し、現在は解説者、コメンテーターなどマルチな活動を続ける五十嵐亮太氏だ。

「たぶん中継ぎの中心になってくると思います。今年は(左肩の違和感などで)二軍にいることが多かったんですけど、あれぐらいのピッチャーになると抑えるコツとか、左(打者)に対してどういうピッチングをすればいいかっていうのもわかっているのでね。コントロールもいいから、心配はないと思っています」

 嘉弥真は社会人のJX-ENEOSから、ドラフト5位で2012年にソフトバンクに入団。左の中継ぎとして2017年から6年連続で50試合以上に登板し、2022年には自己最多の28ホールドを挙げた。だが、今季は23試合の登板で1勝0敗7ホールド、防御率は2017年以降では自己ワーストの5.25に終わり、シーズン終了後に戦力外を通告された。

 一方、今シーズンのヤクルトは昨年まで抑えを務めていたスコット・マクガフがメジャーリーグ復帰のため退団。中継ぎとしてピンチの場面で登板してはことごとく抑えていたサウスポーの田口麗斗が、新守護神として33セーブを挙げるなどマクガフの穴をしっかりと埋めたのだが、その田口の穴がなかなか埋まらなかった。

「今年はクローザーの田口っていうのは絶対的だったんですけど、じゃあその代わりにピンチの場面で抑えてくれるピッチャーがいたかっていうと、計算できるところまではいかなかった。左では山本(大貴)が頑張ってましたけど、中継ぎでいったら彼のほかにはなかなか名前が挙がらなかったですし、そう考えると嘉弥真は大きなピースになるんじゃないのかなって思いますね」

 このオフにヤクルトが獲得した選手の中でもう1人、五十嵐氏が注目するのが現役最多の通算332盗塁を誇る西川である。北海道日本ハムファイターズでは4度の盗塁王に輝き、2016年にパ・リーグ2位の打率.314をマークするなど長年にわたって外野のレギュラーを務めたが、2021年オフに「ノンテンダー」として自由契約になり、楽天に移籍。しかし、思うような成績を残せずに今季限りで戦力外通告を受けた。

「彼に関しては、三木さん(楽天の三木肇二軍監督)から『まだまだ活躍できる』って聞いてます。本人の中でもちょっと悔しいシーズンが続いてると思うんですけど、(楽天に移籍して)最初のスタートはとても良かったっていうことを考えると、能力自体は大きく落ちてるわけではないと思うんですよね。年齢もまだ31歳ですし、ヤクルトで何か良いきっかけをつかんでもらいたいですね」

 ヤクルトというチームには古くから、他球団で芽の出なかった選手、あるいは峠を越したとみられる選手を獲得しては戦力として有効活用し「再生工場」と呼ばれてきた伝統がある。近年でも2015年のリーグ優勝には山中浩史(ソフトバンクからトレード)、2018年に前年の最下位から2位に浮上した際には近藤一樹(オリックス・バファローズからトレード)、坂口智隆(オリックスを自由契約)、2021、22年のリーグ連覇では今野龍太、近藤弘樹(共に楽天を自由契約)など、躍進の陰には常に「再生組」の存在があった。

 今年は5位に終わったものの、投手陣にあっては先発で6勝を挙げた小澤怜史(ソフトバンクを自由契約)の働きが光った。それだけに来季の巻き返しに向け、嘉弥真、西川ら移籍組にかかる期待は決して小さくない。

 他球団からの選手獲得に加え、このオフのヤクルトはミゲル・ヤフーレ(前サンフランシスコ・ジャイアンツマイナー)とホセ・セスパーダ(前サンディエゴ・パドレス)という2人の新外国人投手とも契約。ドラフトでは上位の西舘昂汰(1位、専修大学)、松本健吾(2位、トヨタ自動車)、石原勇輝(3位、明治大学)をはじめ、支配下、育成合わせて全7選手のうち4人の投手を指名した。

 FA市場に出ていた山﨑福也(オリックスから日本ハムに移籍)、石田健大(横浜DeNAベイスターズに残留)の両左腕の獲得はならなかったものの、前出の嘉弥真も含めて「まずはピッチャーを中心にというのがものすごく伝わってくる」と五十嵐氏は言う。

「打つほうは村上(宗隆)が本来のバッティングをするとか、今年はケガに泣いた塩見(泰隆)がシーズンを通して試合に出るとか、やるべき選手がしっかりやれば問題ないと思うんですよ。やっぱりピッチャーですよね。ただ、やっぱり外国人って実際に使ってみないとわからない。新人にしても、めちゃくちゃ活躍する可能性もあると思うんですけど、フタを開けてみないとわからないところがある」

 そこでカギを握るのが、これまでベストナインとゴールデングラブ賞を各3回受賞し、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では侍ジャパンの世界一にも貢献した捕手の中村悠平だという。

「ヤクルトはピッチャーに関して言うと、中村がしっかりしているので良いものを引き出す可能性があるんですよ。そう考えるとこれから入ってくるピッチャー、若いピッチャーにとっては、彼がいるのは心強いのかなと思います。もちろん古賀(優大)や内山(壮真)といった若いキャッチャーも悪くないんですけど、やっぱりキャッチャーって経験っていうのが大きいんですよ。だから若いピッチャーには中村みたいなベテランと組むことで、抑えるコツっていうのを配球から掴んでもらいたいんですよね」

 それでもなお、オフの補強だけで今季のBクラスから一気に上位に返り咲けるほど、甘いものではないだろう。既存の戦力の底上げ、なかでも「やるべき選手がやる」ことが重要だと五十嵐氏は力を込める。

「今年1年戦って、(このオフに)足りないところを補ってきているのは間違いないと思います。ただ、さっきも言ったようにまずはやるべき選手がしっかりやるのが大事。ピッチャーだったら今年はWBCから帰ってきて苦しんだ高橋奎二であったり、(一軍登板ゼロの)奥川(恭伸)だったりが、どれぐらいやれるかっていうところになってくると思うので、その辺の選手に何とか頑張ってもらいたいですね。そうすれば上位の可能性は十分にあります」

 ヤクルトは髙津臣吾監督就任1年目の2020年は最下位に終わったものの、翌2021年は日本一まで駆け上がり、2022年にかけてセ・リーグ連覇を達成した。2020年以来のBクラスに沈んだ今シーズンを経て、移籍組も新外国人もルーキーも既存の戦力と一丸になって2024年は再び上位を狙う。
(了)


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。